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そこには白い布をかぶったお化けでも三角巾を付けた幽霊でも何でもなく制服のブレザーのボタンを全開にして中のシャツからも鎖骨がのぞいて校則違反のピアスを揺らす翔ちゃんが立っていた。
手にはPコートとスクバを持っている。
今朝それじゃ寒いよって押し付けた上着、ちゃんと着てくれてたのかもしれないと思ってこんな場面なのになんだか胸が熱くなる。
けれど対照的に私たちの間には冷たい風が吹きすさんでいた。
二月、さすがは一番寒い時期。
なんて現実逃避をし始めている間に翔ちゃんは視線をそらしてガシガシと頭をかいた。
「あー……バレンタイン邪魔して悪かったな。すぐ出てくから」
「あ、翔ちゃん…！」
声をかけて、だけどなんて続けたらいいかわかんなくて沈黙する。
これは私の語彙力の問題か、それとも勇気の問題か。
子供っぽくてやきもち焼きで融通の利かない性格のせいかもしれない。
翔ちゃんは私たちの方を一切見ずに教卓まで行くと中に手を突っ込んだ。
引き出した手には見覚えのあるワインレッドの色をしたハンカチが握られていた。
「失くしもの見つかったわ、じゃ」
こっちも見ずにそう言って翔ちゃんはさっさと教室を出て行ってしまった。
こんな場面でもちゃんと静かに扉を閉めて出ていくところが翔ちゃんっぽい。
ゆっくり閉められた扉はゴムが反発することもなく静かに沈黙した。
「とりあえず、息吸えよ美里」
言われて「はあ」と大きく息を吐き出してからつい呼吸を止めてしまっていたことに気づく。
私は相変わらず、翔ちゃんが絡むとうまく生きられない。
だというのに困ったことに翔ちゃんは幼馴染だ。
帰る家は隣同士。
しかもともに両親共働きで夕飯はだいたい私の家で一緒に食べる。
家族じゃないのにうちの合鍵を持ってるのは翔ちゃんだけだ。
あぁしまった。
これでは今日の夕飯はどうすればいいんだろう。
夕飯が食べられなくては生きていけない。
翔ちゃんは私の人生に当たり前に存在しすぎていて本当に困る。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2020年2月14日 18時
