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空になったチョコレートの箱を私が元通りスーツのポケットにしまうと、大野さんが夜に浮かび上がる都市の向こうを見ながら言った。
「バレンタイン、終わったな」
目線の先にあるはずのシンボル塔は闇に紛れてもう見えない。
「そうですね」
取り出したスマホのディスプレイには零時三分の表示が浮かんでいた。
「今年も本命チョコはひとつかぁ」
「……家に帰れば大きいのがあったでしょうに」
「ふふふ、そうだなぁ」
大野さんは私の嫌味にそれしか言わずにぐいいと夜空に向かって大きな伸びをした。
「寒くなってきたなぁ中入るか」
「それもそうですね」
「俺帰ろうかな。仕事は若いやつに任せて」
「最初からそうすればよかったじゃないですか」
吸殻を片付けながらそう返せば大野さんが「ふふん」と鼻で笑った。
「そうだAちゃん、今なら仮眠室が空いてるらしいぞ」
「………」
「俺は先帰るから使ったらどうだ」
片づけたばかりだというのにまた煙草に火をつけたくなった。
今すぐ吸い込んでその笑ってるであろう顔に吐き出してやりたい。
「それを言いに来たんですか」
「いんや、チョコもらいに来た。これはついでだ」
本当はどっちがついでだったんだろうか。もしかしたらどっちもついでかもしれない。
「……大野さんが帰る、なら」
「うん」
「……私は仮眠を…しよう、かな…」
「それがいいよAちゃん」
泣きたい気持ちで顔を見上げた。
大野さんは整った顔に優しい笑顔を浮かべてただかすかにうなずいただけだった。
何も告げずにさっさと去っていく背中が憎らしくて、恋しくて、黒く煮詰めたみたいな気持ちがのどの奥で呼吸を邪魔する。
あぁもうどうして、こんな人の傍を離れられないんだろうか。
それは喫煙者が煙草を必要とするその必然性と同じものかもしれないなんてどうにもおかしな話である。
(ウイスキーボンボンの消灯)
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2020年2月14日 18時
