『クロノスの嘯き』10-2 ページ5
心底嫌そうな表情のシャンディラくんが長身の問題児に追い掛けられていた。追いかけっこは、
「逃げ足は速えけど〜、逃げられると思ってんじゃねえよ?」
「……っ」
「アハッ、怖がってる? じゃあ止まれよ、何もしないからさあ!」
追い掛けていたのはリーチくん。随分とお怒りのようだった。
あっという間に階段下に吸い込まれ消えていく。
「ふぅ……」
叱るに叱れない状況に私は顔をしかめて、彼らをそっと追い掛けた。シャンディラくんは声が出ないのだからと、リーチくんには言って聞かせないと。
一階下りて彼らの姿を探せばすぐに、片腕を強く掴まれて振りほどこうとするシャンディラくんを見付けた。
「何で逃げたわけ?オレは一緒にお話しよって言ってるだけじゃん」
「…………」
「失声症のこと知ってるから。筆談でも何でも手段はあるでしょ? ね、お話しよ」
今回も駄目だったか、と私は肩を竦める。まあ、分かっていた事だけれど。仕方なく助け船を出そうとしたところで、王手をかけられたシャンディラくんは反抗的な目に暗雲を曇らせ、
「…………。構わないで」
到頭、封じていた声を出した。今まで誰にも見せなかった言葉の刃を振りかざす。
美人はいるだけで恐怖の的になる事もあるが、その麗人のあからさまな怒りは背筋をも凍らすのだと、私は自分の脚が止まったのに気付くことで初めて知った。
それほど彼の言葉には気持ちが籠っていた。
「……はぁ?」
見開かれるリーチくんの目がシャンディラくんを突き刺す。怒りと驚きが半々のような声音にシャンディラくんは怯えを虚勢で隠すように目線を逸らした。
「喋れんの?」
「…………。フロイドには関係ない」
「へぇ、オレの名前知ってんだ」
興味ありげな反応に冷たく顔を逸らす彼。
その拒否の態度を知らずか、
「あはっ、オレの事どう思ってる? 嫌い? 名前知ってるくらいだから、嫌いじゃない?」
「…………っ……」
彼は言葉の選択を誤った。名前一つ呼んだだけでリーチくんの機嫌を直し、前より酷い執着を抱かせてしまったのだ。何故、とシャンディラくんの表情が物語る。リーチくんの感情の起伏なんて秋の気候のようなものだから。私にも分からない。
ここで彼らに横槍を入れては寧ろ火に油を注いでしまう恐れがあるので、私は魔法でその場から即座に離れた。
きっと大丈夫。大事になる前に、時が戻るはずだから。
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