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俺がそう言うと学園長は何か言いたげに口を開いたが、すぐに言葉を引っ込めた。微かな心の陰りが鬱陶しくて、俺は残りの紅茶を飲み干す。
ああ、甘ったるい。美味しい。涙が出そうなほどだ。
「過去を探るより、これからどうするか考えないといけないので」
もう充分な時間考え続けた事なんだけどな。
だが俺は立ち上がり一つ笑顔を見せた。
食器を片付けようとカップをトレーの上に乗せながら言う。
「そろそろ無視決め込もうかなって思ってるんですよ」
「効果はあるかもしれませんね」
「何無視してんだって怒りそうですけどね。ここの生徒、そういう人多いですし」
「……何故か多いんですよねぇ」
「ふふ。喧嘩になったら逃げ戦して、先生方に泣きつきますので宜しくお願いします」
「貴方も悪くなりましたね」
「呆れました?」
「いえいえ、もっと頼って下さい」
先生方は俺の味方でいてくれる。様々な場面で気にかけてくれたり、講義構成の小さな配慮をしてくれたり。
まるで腫れ物を扱うかのようでもあるが、これがなかなかありがたい。
「ありがとうございます。助かります」
特に学園長は優しい。とても。
地獄で神に会ったような優しさで俺を包容し、俺の幸せを願ってくれている。そんな優しい学園長のためにも俺は、この学園で波風立てずに過ごして卒業したい。
誰にも邪魔されずに。誰の邪魔もせずに。
俺は、そう努めているんだけれど。どうやら俺は無意識に誰かの精神へ干渉をしているようだ。
もうなす術も無い。ただあるのは、過去への逃げ道だけだ。
聖人のように微笑みこの寮を後にした学園長を見送って、俺は一人孤独に溺れる。
物音無い静けさ。包み込むような虚無。甘く溶ける白いチョコレート。闇を作る黒い帳。あたたかな寝台。冷たい手足。
空になった二つのティーカップの存在すら忘れ、愛おしい孤独を噛み締める。ずっと、こうだったら良いのにな。
残念ながら人というものは俺を愛する事がある。でも、孤独というものは俺を決して愛さないから。それでもって、一時の感情の変化で俺を傷つけたりしないから。
ずっと一緒にいたくなる。
嫌われたいってわけじゃない。寧ろ怖い。けれど、この際手段は選んでいられない。母に褒め称えられたこの声。封印してしまおう。
今度こそ、誰にも好かれないように。
そんな馬鹿馬鹿しい感情にいつまで経っても振り回されていたくないんだ。
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