３９ 〜S〜 ページ39
Aがトイレに立っている間、潤がジャケットの胸元に忍ばせたカードキーを取り出した。
今日、何かを仕掛けるつもりも、どうにかするつもりはない……
とは言い切れない…。
俺だって健全な大人の男だし、好きな相手を前にそこを我慢しろって…
拷問か？
いや…俺だって無理矢理とか、そういうのは望んでないし、するつもりもない。
Aはおそらく初めてだろうし強要はしない。
相手が大事だからいつまでも待つのもひとつの愛でアリだと思うけど、本当に好きだから抱きたい気持ちはそれ以上に大きな愛じゃね？
言葉じゃない、身体で気持ちを伝えられるってすげぇ事なんじゃないかって…。
まぁ…その前にすべき事、伝えるべき事はちゃんと言葉で伝えるのがベストだと俺でもそれくらいはわかってる。
頭では理解している理性、それに反して本能の部分で動きそうな自分を律する。
Aがトイレに立ってどれくらい経ったのだろう？
遅くねぇか？
チラリと腕の時計で時間を確認した。
女がトイレに立つとやたら長いからなと、もうしばらく待とうとシャンパングラスに手を伸ばす。
「翔様？」
声をした方を振り向くと、さっきのケバい女…
半年前に無理矢理見合い稽古をさせられたご令嬢のひとり。
そんなに近くないのに吐き気がするほどの香水の匂いを纏ってる。
「あぁ。あなたもここでディナーを？」
「えぇ。」
食事をする場所でその匂いはマズくねぇか？
料理は味覚だけじゃなく、視覚と嗅覚でもいただく物なのに…
一流の料理も食材も台無しだ。
でも一応、愛想笑いを浮かべる。
社交界で上手く渡っていく術は１０歳には身についてた。
自慢もできない特技だけどな。
「ねぇ？翔様？この後…。」
そっと手を重ねられて、即座にやんわりとその手を反対の手でどけた。
「あなたのような女性は僕にはもったいないですよ。」
「そんな事ございませんわ。」
「いえ…僕みたいな若輩者があなたを満足させられる自信はないですよ。」
「だからといってあんな幼稚な子には翔様を満足させられないでしょう？」
ゆるりと真っ赤な唇が弧を描き妖艶に笑うけど、俺には魔女の微笑みにしか見えない。
「さぁ…どうでしょうね？」
こちらも意味深に笑ってみせる。
「翔様に相応しいのはわたくしだと思いますわ。それを認めてあの女は潔く負けを認めましたわよ？」
「…は？」
理解ができずにクスリと笑った女を呆然と見つめた。
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作者名：しおなな
| 作成日時：2018年4月16日 15時
