五十六話 ページ8
『えっ、?』
目を丸くして、形のいい眉を上げるしのぶちゃん。私は言葉を続ける。
「しのぶちゃんって意外と、『もっと頑張れ』って言うじゃん。こんな風に私が逃げようとしてたら怒るし。だから、なんか、おかしいよ」
つらつらとそう言っていくと、彼女は悲しそうに瞳を揺らした。紫水晶の瞳が微かに潤んで、傷ついたように唇を噛み締めた。
「それに、私はまだやることがあるの」
『もう、いいじゃないですか。だって、だって……っ! 大事な人が傷つく所なんて、見たくないんですよ!!』
しのぶちゃんは涙で目を潤ませながら、叫んだ。その衝撃で、ぼろりと彼女の頬に水滴が伝った。彼女はその涙をものともせず、私に抱きついた。
『頑張ったじゃないですか、十分!ねえ、もう、二人で居たいんですよ……っ!』
『私が死んだ知らせですら、人前で泣けないのに、これから辛いことがあったらどうするんですか!?私が居ないのに、その辛さをどうやって発散するんですか!?』
唇が震えて、答えられない。しのぶちゃんの言う通りだ。彼女以外の人前で泣けない私は、これからどうすればいいんだろう。
でも、でも、私は……。
「……ごめんね。でも、私はまだ、やらなきゃいけないから。お願い、もう少しだけ待っててほしいの」
震えた声でそう言うと、しのぶちゃんは私を抱きしめる力を強めた。まるで、『私と離れたくない』というように。私もしのぶちゃんをかたく抱きしめて、彼女の頭を撫でた。
「私、やりきってみせるから。……見ててくれる?」
耳元でそうお願いすると、しのぶちゃんは顔を上げた。朱に染まる頬に、思わず口づけしてしまった。
『……ずるいです、Aさんは。そんなふうにお願いされて……、断れるわけないじゃないですか』
「有難う、しのぶちゃん。ずるくてごめんね」
柔らかく微笑みかけて、抱きしめる手を離した。起きる、という意思を固めたからか、真っ暗な世界が、淡く光り始める。
……そうだ、一つだけ、言いたいことがあったんだった。
強い光のせいか、霞み始めたしのぶちゃんに語りかける。
「あの時、『あいしてる』って言ってくれて有難う」
「私も愛してる」
更に、輝きが強まっていく。強い光に目を閉じる寸前、見えたのは。
__心底嬉しそうに笑うしのぶちゃんだった。
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べにしょうが(プロフ) - 天霧さん» コメント有難うございます!泣いていただけるくらい感動してもらえて感謝の極みです。とても良かったと言っていただき、とても嬉しいです。最後まで読んでいただき、有難うございました! (2021年9月26日 19時) (レス) id: f3b55f3d47 (このIDを非表示/違反報告)
天霧(プロフ) - もう、涙が止まりません。どうしてくれるんですか!?本当にいい作品です!本当に泣いちゃったよ(泣)。お疲れ様でした。とても良かったです (2021年9月26日 19時) (レス) @page20 id: 8490818b21 (このIDを非表示/違反報告)
べにしょうが(プロフ) - 憂菜さん» コメント有難うございます!すごく満足していただけたみたいでよかったです。次も何か書こうかなと思っているので、その時も是非よろしくお願いします!最後まで読んでくださって有難うございました! (2021年5月23日 9時) (レス) id: f3b55f3d47 (このIDを非表示/違反報告)
憂菜(プロフ) - べにしょうがさん» わぁぁぁぁ、とてもいいお話でした!!感動しました!!!こんな素晴らしい小説を書いてくださってありがとうございました!!!! (2021年5月23日 0時) (レス) id: dc1cce0ebb (このIDを非表示/違反報告)
べにしょうが(プロフ) - 憂菜さん» コメント有難うございます!楽しみにしてくださってるの本当に嬉しいです。投稿頑張ります! (2021年5月17日 7時) (レス) id: f3b55f3d47 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:べにしょうが | 作成日時:2021年4月10日 21時