▽8月のお題 ページ2
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明かりが落とされた閑静な病院の廊下で、想汰はふ、と息を吹きかけた。ランタンは命を宿したように炎を揺らし、彼が腕を振ると、青白い線がゆるりと弧を描く。
それをうっとりと眺めていた彼女はふと思い出し、火を持つ彼に訊いた。
「今日はどこの部屋?」
「そこの青いネームカード」
少女の問いにすんなりと答えた想汰は、最低限の情報を告げた後に閉口した。少女は琥珀色の瞳をごく僅かに見開き、想汰を一瞥して、その視線を落とす。
「……名前、呼ばれたかと思った」
口角を僅かに上げた彼女はそう言うと、想汰は言われてからようやく気付いたように、あぁ、と呟く。しかしそれだけだった。
隣で頬を膨らます少女を他所に、想汰は肩に掛けていた棒付きランタンを縦に持ち変え、リノリウムの床をとん、と鳴らした。微かにランタンの光が増し、彼の前に構える扉ががぼんやりと照らされる。青い紙で作られたネームカードには丁寧な字で名前が書かれているのだが、想汰はそれを読むことなく、病室へとドアをすっとすり抜けた。
その後ろを少女はやや呆れた顔で、想汰のほんの気持ち後ろに伸びている手をそっと握り、引きずり込まれる形でするりと病室へお邪魔する。初めの頃は置いていかれ、少しばかり酷い目に遭ったのだがそれはまた。
病室は至って普通だった。飾り気のない真っ白な空間。特別な何かはなく、ベッドの上では規則正しい呼吸をする幼い男の子が眠っていた。
「この子が、今日?」
少女が眠っている男の子の顔をのぞき込む。やや赤く染まっている頬は柔らかそうで、今日の担当がこの子だとはどうしても思えない。
「いや、違うな。こんな健康体にあと数分で死なれちゃ困る。となると、問題は別だ」
「…………」
本人が死にたいと望んだ場合、その情報が間違って想汰に届く場合がある。
まさか、と少女は思いたかった。この子には幸せであってほしいと、そう思ったから。勿論この子の幸せなんて他人がはかるものではないし、そう願って呼んだのは――。
「あれだ」
想汰が部屋の隅に目をやる。青い炎の奥、微かに『染み』が見える。どう見ても良からぬものだ。初めて見るそれに、彼女は刹那我を失った。
――名前を呼ばれるまでは。
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作者名:三寒四温。 | 作成日時:2018年8月17日 12時