かつ者がすべてか ページ5
確かインターハイは3日間で総距離200km。神奈川県藤沢市の江ノ島沿岸から箱根、富士あざみラインを登りつめて富士の頂きにゴールする。昨年、似通った道なりのレースが開催され、自転車事故があったそうだ。重軽傷含め計40人前後の怪我人が出たらしい。
「怖くなったりしませんか?」
「は?」
返ってきたのは冷えきった声だった。私は言わなければいいことばかり言う。後悔は先に立たず、今泉くんはもちろん目元を険しくさせてこちらを見る。
「何が、怖いんだ」
「えっと、怪我とか……」
「なめてんのか?」
思わず「ひえっ」と肩が上がった。ひるむ私に、「あのな」とさらに大きく声を凄ませて、今泉くんが畳み掛ける。
「怖いやつが自転車に乗るわけないだろ。自転車競技は怪我するのが当たり前だ。だから機体のメンテも欠かさないし、整備にも金をかける。どんなに軽量化しても、メットは着けるし、走行中はいつでも救急が呼べるよう配慮もされている。あとお前は知らないかもしれんが、自転車は環境に左右される元から危険な……」
「し、知ってます」
私が言葉を重ねると、今泉くんが口を半分開けたまま私の目を見返した。
「ロードレースってスポーツにおいて世界で一番過酷で、その理由の……一つ、そういう死の危険が隣り合わせやから……ですよね。挙げだしたらキリがないけど、落車事故、接触事故、走行中の熱中症とか、栄養不足……ひどい時は『ハンマー症候群』とか」
「……調べたのかお前」
「怪我のこと、一番初めに調べましたから……自転車で」
今泉くんは何も言わない。反応を知るのが怖くて、膝の上に乗せた拳へ視線を留めていた。
「本当に勝手で……恥ずかしい話なんですけど、私は選手に怪我してほしくない。『あの人』がもし怪我でもして、自転車乗れなくなったらって考えると怖いんです」
曖昧に相槌を打つ声が隣から聞こえ、私は「く、暗い話してごめん」と顔を上げた。私はなるべく意識して微笑み、大げさに頭をかいた。
「あ、あはは……実は、実際に自分でも乗ってみて、一回倒れそうになったことがあったんですよ。『ハンマー症候群』。もう、ほんまにヤバかったです。目の前の景色が突然周りだして、空が真っ黄色に見えて、しばらく体の言うことが聞かなくなったりして」
「そういうことは誰でも経験する。ロード乗ってれば」
こちら突き放す言い方でも、なんとか同意するように「は、ははは」と笑う。
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niko(プロフ) - 続き楽しみです!! (2021年2月24日 18時) (レス) id: 5a93e0b570 (このIDを非表示/違反報告)
Aaa(プロフ) - 更新楽しみにしてました!!面白いです!!!応援しています! (2021年2月23日 21時) (レス) id: 71d8bfbda5 (このIDを非表示/違反報告)
チョコレート(プロフ) - 初コメ失礼します。面白くて一気読みしちゃいました!応援しています!次の更新楽しみにしています頑張ってください! (2021年1月30日 1時) (レス) id: c173f50722 (このIDを非表示/違反報告)
tiku - 御堂筋君だけじゃなく、今泉くんや坂道くんの描写もリアルで面白いです。総北メンバーと仲良くなる過程が見ててホッコリします。ずっと応援してます!無理せず頑張ってください! (2021年1月1日 1時) (レス) id: 198aa8db09 (このIDを非表示/違反報告)
こはたん - 面白くてついつい夢中で読んじゃいました。笑 次の更新楽しみにしています! (2020年12月25日 20時) (レス) id: a69cf6929b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:杞憂 | 作成日時:2020年10月9日 22時