にしの果てへ耳を立てて ページ35
「そっか、髪切ったから」お父さんが納得するように呟く声が聞こえた。私に聞こえるように言ったのかもしれないが、その推測は間違ってる。おばあちゃんが私の名前を呼んでいたのはずいぶん前の話だから。
「洋子は?」
おばあちゃんは唇をモゴモゴさせて私を上目遣いで見る。
「洋子に会いたい」鼻の下に伸びたシワが歪み、おばあちゃんの口の中が見えた。
「洋子に会わせて」
歯がほとんど残っていない。私はベットの手すりと同じ高さまでしゃがみ、ゆっくり大きな声で語りかけた。
「こんにちは、私は高橋Aっていいます」
おばあちゃんは少年のように「フヘヘへ」と肩を弾ませて笑うだけだった。
お医者さんが「お話が……」と前置きを添えて病室から父を連れ出した。そして、病室に戻ったときにお医者さんが私に言った。「これからおばあちゃんのこと、支えてね」
母は来なかった。話が終わって病院から出る夕方頃になっても、母は私たちの前に現れなかった。
「お母さんから連絡あった?」
病院からの帰り道、父の顔を見上げた。父は何か言ったみたいだけれど、よく聞こえなくて曖昧な返事をしたあと、二人でスーパーに寄った。母はどうせ終電で帰ってくる。
「A。カレーにしようか、今日」
「カレー?お夕飯?」
「そうだ」
「うん。あ、ねえ、私作ろっか?カレー作れるで」
「いや……お前は休んでなさい。父さんが作るから」
家に着くと、私は宿題を、父はカレー作りに取り掛かった。母が帰って来たのは、私たちが夕食を食べ終わったあとだ。意外だった。定時に帰ってきた。
ドンッと乱暴に玄関のドアを閉めると、母は鞄を椅子に投げ置いて、冷蔵庫を開けた。
「カレー?今日?」ラップのかかった皿を見つけたらしい。
「ああ」
父さんが返事をすると、母は冷たいままの器の隣にビール缶を4つ並べて。私は自分の食べ終えた皿を見つめた。カレーの色が残る皿を流し台に置き、母の正面の椅子へ座った。
「なんで来(こ)ぉへんかったん?」
「忙しかったのよ」
「忙しいのはみんな一緒やろ」
私はそう言いながら、有給を取って京都に来ている父の顔を見た。父が気まずそうに目をそらす。母はしばらく父の表情をうかがっていたけど、ふたたび目をカレーに向けてスプーンを置いた。
「明日早いの」お母さんが不機嫌に部屋を出て行った。
その背中を見送り、私と父は何も言わずに片付けを始めた。私が食べ終えた皿を重ね、父が母の食べ残しを台所に持って行く。
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niko(プロフ) - 続き楽しみです!! (2021年2月24日 18時) (レス) id: 5a93e0b570 (このIDを非表示/違反報告)
Aaa(プロフ) - 更新楽しみにしてました!!面白いです!!!応援しています! (2021年2月23日 21時) (レス) id: 71d8bfbda5 (このIDを非表示/違反報告)
チョコレート(プロフ) - 初コメ失礼します。面白くて一気読みしちゃいました!応援しています!次の更新楽しみにしています頑張ってください! (2021年1月30日 1時) (レス) id: c173f50722 (このIDを非表示/違反報告)
tiku - 御堂筋君だけじゃなく、今泉くんや坂道くんの描写もリアルで面白いです。総北メンバーと仲良くなる過程が見ててホッコリします。ずっと応援してます!無理せず頑張ってください! (2021年1月1日 1時) (レス) id: 198aa8db09 (このIDを非表示/違反報告)
こはたん - 面白くてついつい夢中で読んじゃいました。笑 次の更新楽しみにしています! (2020年12月25日 20時) (レス) id: a69cf6929b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:杞憂 | 作成日時:2020年10月9日 22時