くの字に曲げた背中 ページ30
「あの」
「さっさと食べろよ、それ。溶けてんだろ」
「……最後の話って、彼女より大切なものあるから彼女ができてもきっとすぐ別れる、だから彼女は作らない、さっきの話はそういうことですよね」
今泉くんが日陰の向こうで目尻に力を込めて私を睨んでいた。
「だったらなんだよ」
今泉君がハッと息を漏らす。
「大丈夫ですよ」
眉間にしわを寄せて今泉君がこちらを見る。
蝉の声は遠くなってきていた。
「今泉君の努力とか辛さをそばで支えてくれる……今泉君の『勝つ』って目標を、静かに見守ってくれる人は絶対いると思います」
一瞬目を細めたけど、今泉君は「フ」と乾いた声を出した。私は今度こそ目をそらさずに、まっすぐ今泉くんを見続ける。
「それに……喋ったり会ったりする時間だって、今泉君が『嫌だ』って言うなら無くていい。『それはそれでええよ』って言ってくれる女の子も。デートとか遊ぶ時間作れなくても、それでいい。今泉君がそうしたいなら『それでええよ』言う女の子は絶対おると思う」
「そんな都合のいい女、いるわけないだろ」
「都合ええのとちゃうよ」
蝉の声がすべて止んだ。
「今泉君のことが、大切なだけやよ」
また部室の方から鳴子くんの「ちゃうわボケー」と騒がしい声が聞こえてくる。
二人ともその方向に目を奪われた。今泉君の方が私を見た。
「拭け、溶けてるって言っただろ」
手にタオルを押し付けられる。私はおとなしく受け取って、垂れるアイスを拭いた。見覚えのある光景で、思わず自分のことを「あ、小野田君みたい」と感じた。でも、小野田君と比べて、私はなんだか厚かましい。
「……」
今泉の目線がまだ私の顔に向いている。
「うん?」
と首を軽く傾けると、今泉くんはボソッと一言呟いた。
「赤いな、耳」
私は口を開いたまま「えっ」と肩を上げた。
一方の今泉くんは片眉をひそめ、言葉を付け足す。
「噛まれてるだろ、耳の下」
今泉が自分の首を軽く傾けて、右耳の下をトントンと叩く。同じように私も傾けて
「ああ……うん」と曖昧にうなずいた。
そういえば昨日の夜に蚊に噛まれていた、というのを思い出し反射的に手を右耳の下に持っていく。すると、大きな手が正面から伸びて、私の手を軽く掴んだ。
「触るなよ」
逆光になった今泉くんの顔は、よく見えなかった。ただ、日の光が彼の右耳の頭に重なり、そこだけ熱っぽく色付いて見えた。
「もっと赤くなるだろ」
手を解放し、今泉くんは私に背を向ける。
136人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
niko(プロフ) - 続き楽しみです!! (2021年2月24日 18時) (レス) id: 5a93e0b570 (このIDを非表示/違反報告)
Aaa(プロフ) - 更新楽しみにしてました!!面白いです!!!応援しています! (2021年2月23日 21時) (レス) id: 71d8bfbda5 (このIDを非表示/違反報告)
チョコレート(プロフ) - 初コメ失礼します。面白くて一気読みしちゃいました!応援しています!次の更新楽しみにしています頑張ってください! (2021年1月30日 1時) (レス) id: c173f50722 (このIDを非表示/違反報告)
tiku - 御堂筋君だけじゃなく、今泉くんや坂道くんの描写もリアルで面白いです。総北メンバーと仲良くなる過程が見ててホッコリします。ずっと応援してます!無理せず頑張ってください! (2021年1月1日 1時) (レス) id: 198aa8db09 (このIDを非表示/違反報告)
こはたん - 面白くてついつい夢中で読んじゃいました。笑 次の更新楽しみにしています! (2020年12月25日 20時) (レス) id: a69cf6929b (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:杞憂 | 作成日時:2020年10月9日 22時