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なきそうだから歳だから ページ29

「……中学3年のとき、地方レースで」

「うん」

「そのレースで、俺はある男に出会った」

「うん」

「終盤の山道、優勝が決まる局面だった。つかの間の平坦な道で肩を並べたソイツは、俺に言ったんだ。『君の母親が事故にあったらしい』と。でもそれは……その男の嘘だった」

今泉君がアイスの袋を開けた。雑に袋からアイスを出し、袋は片手で握って、アイスはガリッと勢いよくかぶりついて、しばらく静かに噛んでいた。ごくんと今泉君の喉が鳴る。アイスは半分減っていた。

「結局レースは負けた。僅差どころか5分7秒の差をつけられて。ときどき……そのことを思い出して、怒りがこみ上げてくる。自分を追い込まなきゃ気が済まなくなる。その男のことを考えて……でも、考えた末に『ロードは本来そういうスポーツだ』と思い知るんだ。他者を蹴落としてのし上がる、そういうスポーツだ。あの男は正しかったと気づいて、自分が負けたことがまた悔しくなる」

蝉が鳴きはじめて、周りがすっかり騒がしくなった。

「俺は勝つために、そのためだけに、すべてを捨ててロードレースに臨んでいた。楽しいとか、面白いとか思わないように。そういうのは二の次で、ただ勝つことだけを考えた」

今泉くんの横顔に、またひとつ汗が伝う。

「だから、今まで女子に告白されても断ってきた」

私はアイスの袋を開けて、ひとくち小さくかじる。私のはもうすっかり溶けかけていて、今泉くんのアイスのは溶けてないかと盗み見る。てももう半分しか残らないアイスを見て、私は何もない口で噛むフリをしながら地面を見つめた。

「クラスのヤツみたく、付き合って相手をしょっちゅう気遣ったり、放課後遊んだり喋ったり、そういうことを求められても応えられねぇし。それに、騒がしいのは嫌いだから。オレは………応援されるの……苦手なんだ」

今泉くんはぎゅっと口の端を結び、唾を飲んだ。こめかみから、ツーと汗が垂れた。
まぶたを伏せ、今泉くんの視線が地面から持ち上がる。その横顔を見つめていたら、目が合った。今泉くんは気まずそうに視線を逸らした。

「悪い。話しすぎた」

今泉くんが黙々とアイスをかじる。幅の広い長方形のアイスは、ほんの二、三口で棒になった。
私はアイスを食べるのも忘れて今泉君の横顔を見た。
部室の方から鳴子君の「おっさんずるいで!」と、はしゃぐ声がここまで響く。蝉も「ジジジ」と声を張り上げていた。

くの字に曲げた背中→←やましいことは何もない



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niko(プロフ) - 続き楽しみです!! (2021年2月24日 18時) (レス) id: 5a93e0b570 (このIDを非表示/違反報告)
Aaa(プロフ) - 更新楽しみにしてました!!面白いです!!!応援しています! (2021年2月23日 21時) (レス) id: 71d8bfbda5 (このIDを非表示/違反報告)
チョコレート(プロフ) - 初コメ失礼します。面白くて一気読みしちゃいました!応援しています!次の更新楽しみにしています頑張ってください! (2021年1月30日 1時) (レス) id: c173f50722 (このIDを非表示/違反報告)
tiku - 御堂筋君だけじゃなく、今泉くんや坂道くんの描写もリアルで面白いです。総北メンバーと仲良くなる過程が見ててホッコリします。ずっと応援してます!無理せず頑張ってください! (2021年1月1日 1時) (レス) id: 198aa8db09 (このIDを非表示/違反報告)
こはたん - 面白くてついつい夢中で読んじゃいました。笑 次の更新楽しみにしています! (2020年12月25日 20時) (レス) id: a69cf6929b (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:杞憂 | 作成日時:2020年10月9日 22時

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