やましいことは何もない ページ28
「なるほどな……フン、ならお前は、好きなことなら、見返りもなく、自分が傷ついてもいいっていうんだな」
「うん」
なんて独りよがりだと思った。人は誰でも、本心では好きなことを褒められたいし、評価されたいと思うはずだろう。呆れて、オレはふたたび鼻で笑いそうになる。でも、そうはしなかった。できなかった。
次の瞬間、
「今泉くんも、ですよね?」
その言葉で、息も忘れるほど頭が白くなった。
「オレは………」
オレは勝つために自転車に乗る、自分のプライドやチームの努力を証明するために。今回のインターハイは、誇りをかけた戦いだ。好きだとか嫌いとか、楽しむとか、そんなこと言ってる場合じゃない。
それなのに、今、目に浮かんだのは、練習中に眺めた景色だ。全身から吹き出る汗、足が重くなりこれ以上進めないと思いながら、激しくあがる息をさらに速めて、先頭を走り、ついに見た頂の景色。楽しかった、とても楽しかった。ずっと続けたいぐらいに、自転車を乗るのは楽しい。オレは、あの先頭の静けさが、あの景色が好きだった。
胸の奥から声が聞こえる。
オレは何のために戦っているんだ。
○○○○○○○
私は、今泉くんのななめ後ろを静かに歩いていた。私たちの間に会話は無く、ただ並んで部室に向かうだけだ。ときとぎ影に入って涼しくなる。そして日陰から出ると眩しくなる、という繰り返しをぼんやりとやり過ごしながら歩いていた。
「…………写真」
「うん」
「撮るのは、楽しいのか」
「うん」
「………自転車も、そう思うか」
そんなこと聞かれるのは、不思議な気持ちになった。私はどんな顔で尋ねているのかが見えないから、どう答えるのがいいか迷ったものの、素直にまた「うん」と言った。
「自転車もロードバイクも好きになった……あの人のおかげで」
今泉くんがピタリと足を止めた。
私もつられて足を止めて、無言の背中を見つめた。長い沈黙をセミの音が埋めて、私はやり場のない視線を、今泉くんの後ろ髪にとどめる。
「少し話していいか」
振り向きもせずに今泉くんは言い、日向からふたたび校舎の影に入っていった。
校舎の曲がり角の向こう、部室が目の端に映る。
今泉くんは私の返事を待たず、押していた自転車を脇に止め、校舎の壁に背を預けた。
私は近くまで寄り、同じように隣で校舎に背を預け、指を腰の前で組み、静かに待つ。
今泉くんはポツと口を開いた。
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niko(プロフ) - 続き楽しみです!! (2021年2月24日 18時) (レス) id: 5a93e0b570 (このIDを非表示/違反報告)
Aaa(プロフ) - 更新楽しみにしてました!!面白いです!!!応援しています! (2021年2月23日 21時) (レス) id: 71d8bfbda5 (このIDを非表示/違反報告)
チョコレート(プロフ) - 初コメ失礼します。面白くて一気読みしちゃいました!応援しています!次の更新楽しみにしています頑張ってください! (2021年1月30日 1時) (レス) id: c173f50722 (このIDを非表示/違反報告)
tiku - 御堂筋君だけじゃなく、今泉くんや坂道くんの描写もリアルで面白いです。総北メンバーと仲良くなる過程が見ててホッコリします。ずっと応援してます!無理せず頑張ってください! (2021年1月1日 1時) (レス) id: 198aa8db09 (このIDを非表示/違反報告)
こはたん - 面白くてついつい夢中で読んじゃいました。笑 次の更新楽しみにしています! (2020年12月25日 20時) (レス) id: a69cf6929b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:杞憂 | 作成日時:2020年10月9日 22時