すぎたことを悔やめば ページ1
「クランクを交換するより、いっそ新しくロードを買い直したほうがいいかもしれない」
「ど、どれぐらいかかりそうですか?」
「これくらいかな」
電卓で見せられた数字は、ちょうど一眼レフがひとつ買えるぐらいの値段だった。
東京にいる間に不自由しないために用意されたお小遣いがあった。アキバの売り場で見たとき一目惚れしたカメラに使うつもりだった、それを削るにはあまりに自転車は微妙な位置だ。カメラと自転車。どちらも買えない。どちらかしか選べない。
「す、少し……考えてもいいですか?」
「うん、大丈夫だよ」
寒咲さんは頷いて「じゃあ自転車の話の続き、しよ!」とニコニコしながら腰掛けていたペルー缶の方に戻っていった。
「高橋さんは門限とかないんか?」
鳴子君が投げかけた質問をきっかけに、ここまで話に夢中になっていたせいで見向きもしなかった時計に、私はサッと目を向けた。
「ない……んやけど、でも」
門限はともかく、外を見ると思っていたより暗くて、寿命と告げられたばかりの自転車でそんな闇の中を帰らなければならない考えると、たちまち不安に駆られた。
「そ、そろそろ帰ろうかな」
腰を浮かせて身支度をしようとする私の肩に、寒咲さんの手が乗った。
「待って。こんなに暗い道をあの自転車で帰るのは危ないわよ。東京まででしょ?」
「あ、で、でもライトの光もあるし、最近道にも慣れてきたので」
「だけど女の子だし、ひとりで帰るのはダメよ」
正しいと思う反面、それに同意することに後ろめたさがある。小野田君ならまだしも、今日会ったばかりの鳴子くんや今泉くんに迷惑をかけることになるからだ。
私がそんな葛藤にさいなまれている渦中で、急に寒咲さんのお兄さんがこちらに顔を見せて言った。
「お、ちょうどいいじゃねーか。今泉、お前今日は車で帰るんだろ」
「そうですけど」
「送ってやれよ、東京まで。車ならすぐだろ」
突飛すぎる提案で、当然今泉君も断るだろう。
寒咲さんのお兄さんと今泉君が長く目を合わせている。何かのやり取りをしているかのようで、今泉君はしばらくしてお兄さんから目をそらした後、息をついた。
「わかりました」
これには「え」と声が出そうなほど驚いた。
「あ、ありがとう今泉くん」
「……別に」
私の方は少しも見ず、今泉くんはすぐ席を立って電話をかけた。
携帯で何かを指示していたが、口から離すと「すぐ来る」と知らせてくれた。
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niko(プロフ) - 続き楽しみです!! (2021年2月24日 18時) (レス) id: 5a93e0b570 (このIDを非表示/違反報告)
Aaa(プロフ) - 更新楽しみにしてました!!面白いです!!!応援しています! (2021年2月23日 21時) (レス) id: 71d8bfbda5 (このIDを非表示/違反報告)
チョコレート(プロフ) - 初コメ失礼します。面白くて一気読みしちゃいました!応援しています!次の更新楽しみにしています頑張ってください! (2021年1月30日 1時) (レス) id: c173f50722 (このIDを非表示/違反報告)
tiku - 御堂筋君だけじゃなく、今泉くんや坂道くんの描写もリアルで面白いです。総北メンバーと仲良くなる過程が見ててホッコリします。ずっと応援してます!無理せず頑張ってください! (2021年1月1日 1時) (レス) id: 198aa8db09 (このIDを非表示/違反報告)
こはたん - 面白くてついつい夢中で読んじゃいました。笑 次の更新楽しみにしています! (2020年12月25日 20時) (レス) id: a69cf6929b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:杞憂 | 作成日時:2020年10月9日 22時