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浴室から出れば、何やら話し声が聞こえた。
どうやら電話をしているらしく、音を立てたらマズいかなと思ってドアの前で待つ。
「うん…ごめん。ん、ありがと。助かる」
いつもの気の抜けたような、ゆっくりとした話し方に電話は仕事関係ではないのだろうと憶測する。
「うん、好きだよ」
その言葉に、一気に酔いが覚めていく。
あぁ、彼女居たんだ。
けど逆に、居ないわけがないか。
どうしよう、すごく苦しいのに涙も出ない。
ドアの前に佇んだままそんなことを考えていれば、ガチャリと音を立ててドアが開いた。
「…あれ、上がってたんだ」
『はい。…電話してたみたいだったので、お邪魔しないようにと思って』
「…もしかして聞こえてた?」
そう言ってこちらの表情を伺ってくるから、慌てて口角を上げる。
『いえ、内容までは』
「…そっか。入りなよ」
これで良かったのかな、なんて思いながら手を引かれるまま部屋に入る。
「髪、乾かすよね」
『あ…はい、いいですか?』
「ん、俺が乾かしたげる」
おいで、と言ってドライヤーを片手に手招きをするから、促されるままにすれば先輩の膝の間に座らされる。
あのめんどくさがりな人が、こんな風に人の世話を焼くようになっていたことに思わず驚く。
きっと彼女にも同じことをしているんだろうな、なんて顔を見たこともない人に勝手に嫉妬して、胸が苦しくなる。
「…だいぶ乾いた?」
『はい、ありがとうございます』
「ん、さらさら。俺と同じ匂いになったね」
甘やかすような声でそう言うと、私の髪をサラリと撫でて頸にキスを落とす。
これで彼女がいるんだから、本当にタチが悪い。
「ね、いい?」
『…先輩こそ、いいんですか?』
「…好きだよ、A」
真っ直ぐにこちらを見つめて、私があの時聞きたかった言葉を今さらくれる。
平気でそんな嘘まで吐いてしまうのだから本気で泣きそうになる。
「かわいいね。A、すき」
私がどこまでも勘違い出来るように、先輩は私に何度も繰り返し甘い言葉を与え続けた。
その言葉を聞くたびに、私は心を抉られた。
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作者名:chiito | 作成日時:2023年4月14日 20時