幽霊擬(gr) ページ7
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開戦前夜、静寂に包まれた城内。窓の外の深い夜の色。日の出と共に敵国に強襲し、三度もこの色を見ない内に俺たちは勝利を収めるだろう。
「楽しくなりそうだな」
言葉と裏腹に声は震えていた。七歳程の小さな体躯をした"それ"の黒の双眸がこちらを向いた。腰掛けた椅子の背もたれに体を預けて俯く。今回こそはなにか変わらないかと、ずっと祈っている。小さな唇がふわりと綻んだ。
「たのしい、？」
控えめに上がった口角、肩口で切り揃えられた黒の髪。見慣れた、もう見ることはないと思っていた、懐かしく、おぞましい姿。俺が一国の主になった頃、俺の前に現れた"それ"は、遠の昔、戦火に焼かれた幼馴染の形をしていた。
手首ほどの喉から鈴の声が鳴る。
「ねえ、また、ひとがしぬよ」
「せんそうのせいだよ」
ふわり、くるりと宙に浮いた体躯が一回転して、羽も生えていないその体は俺のすぐ傍で囁く。天使のような笑顔を着て、透き通った声を纏って、それは俺を殺そうとする。故郷の秘密基地で内緒話をするように、無邪気に、たのしそうに。
「ぐるっぺんのせいだよ」
花の冠を上手く作れた時の心底嬉しそうな声色であーあ、とわらう、彼女が好きだった、すきだった？ほんとうに？
空中遊泳に飽きたらしい"それ"はいつの間にか目と鼻の先にいて、幼い頃焦がれた対の水晶には酷い顔をした男が映っている。眼球も、喉も、引き攣りそうな程に乾いていた。浴びるように酒を飲んだ時のように、頭蓋が鈍い痛みを訴えている。
彼女を忘れたことなどない。その死を軽んじたことも、風化させようとしたことも、舌先で弄んだことすら。俺は彼女の死に際の一片たりとも手放したことなど無い、のに。
目が合う。"それ"が、花のように綻ぶ。
俺を吸い込むくろい眼。薔薇色の頬。月の形をした唇。
祝福を授けるその笑顔で、この幼子は俺を赦しはしないのだ。
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作者名：錆山 | 作成日時：2021年2月26日 20時
