第七十六幕 遠野･紫陽花 ページ23
「何大人しく帰してんだよ！」
頭上の日輪が緩やかに傾き始めた実践場。
来るのが遅い、と案の定不機嫌に口を開いた鎌鼬へリクオが事の経緯を話し終えるのと同時に、矢張りと声を荒げるのは天邪鬼。
勢い凄まじい天邪鬼と最早呆れている鎌鼬。何処か怒っている様子の雪女に、何やら考え込んでいる沼河童と経立。そんな彼等に囲まれているリクオの背を眺めながら、長く流れた帯紐を手遊びに弄ぶ。
「遠野で京妖怪を如何にかしたら、貴方達の責任になってたけど」
「んなもんで遠野もんがビビるかよ」
何故か一身に責められるリクオへの助け舟を、と口を開いてみるが彼等は中立を謳う一家である事もあり京都だから何だと勢いは変わらない。
「そういや京都が戦力補充に来た、って赤河童様が言ってたぜ」
「其奴等に出会したって訳か」
態々京都から遠野迄出向いた挙句、断られた矢先に奴良組の若頭と邂逅したのなら、苛立ちを八つ当たり序に打つけるには丁度良かったのだろう。
其に加えて都合良く羽衣狐の孫が居たのだから。
「成程ね、私は丁度良い即戦力って事」
勧誘しない訳が無い。
「月姫は羽衣狐の孫だもんなー、そりゃ戦力に欲しいだろ」
「貴女がいれば奴良組を潰すのも簡単でしょうね」
悪意も他意も無い、純粋な思考。本家の輩達から散々言われて来た悪態や嫌味とは違う其に、不機嫌さを出すのも如何なものかと僅かに悩んだ末。
「...、......そうかもね」
呟くより小さい声を大翳で扇いで流す。
関東に拠点を構えるあの屋敷でこんな事を言おうものなら、謀反だ離反だと騒ぎ出す者も少なくないに違いない。
京都妖怪と正面から会ったのは初めてだが、あんなに堂々と勧誘してくるとは思ってもみなかった。初対面だとしても彼処は母の顔を知っているのだから、私が何者かも判るのだろう。
彼が勝手に私へ声を掛けただけかも知れないが。
もし本当に羽衣狐が私を求めている、として。
「今日は疲れた。先に戻ってる」
私より即戦力極まりない母を殺めておいて、如何言う神経で私に目を付けているのか教えて欲しい。
返る言葉も聞かず巨大な切株を蹴って、最早慣れた遠野の屋敷へと脚を向ける。
今後の憂鬱を抱えて零れた溜息は重く深く。
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作者名：雪兎。 | 作成日時：2023年9月25日 14時
