Apatite

名も知らぬ君に＿sgi ページ43

「あ、そこの……そう、止まった貴方」



駒場キャンパス、講義終わりどこかコンビニにでも寄ろうとしたちょっと暇な時間。

麦わら素材のベレー帽を被った見知らぬ女性に声を掛けられ、その退屈は潰れた。



「今お暇ですか？」


「あの、怪しい勧誘なら間に合ってますんで」


「そうじゃなくて……」



のほほんとした雰囲気の彼女の手には、よくある緑の鉛筆に消しゴム、そして使いふるされたメモ帳。

彼女の目的がいまいち掴めずにいると、さらりと手を引かれベンチへと促されるままに座る。



「私は詩人活動をする者でして、是非貴方にモデルになって貰いたいのですが」


「詩のモデルですか」


「はい、お願いできますか」


「それは構いませんけど……」



詩のモデルなんて初耳。

しかし、自分の姿を見てインスピレーションが沸いたと言われて不快に思うケース、人の方が稀だ。

承諾するや否や、ポシェットから鼈甲色の丸眼鏡を取り出し軽く掛ける彼女。

まさに文女、なんとなく河村を思い出す。



「あの、俺って具体的に何をすれば」


「少し私と駄弁ってくれればそれで」



そこからは、鉛筆が紙を走る音をBGMに、お互い当たり障りのない程度にフランクな会話をする。

この女性はどうやら社会人らしく、スーパーで働く傍ら、趣味である詩人活動も続けているらしい。

結果はあまり宜しくないそうだが、文字を綴るのが楽しいと語る彼女。

打ち込める趣味があるというのは素晴らしいことだ。



「……完成です」


「おっ、良かったっすね！」


「貴方のお陰です。是非お礼をさせて下さい」


「いや、お礼なんてそんな」



鉛筆を左耳に掛け、更にどこか妖しげな文豪感を醸し出す女性。

暫く“お礼をさせろ”というひと悶着を繰り広げ、最終的に紙を押し付けられて此方が折れることに。

何の紙だろう、と折り畳まれたそれを広げようとすると、すかさず女性の手がそれを阻止しにきた。



「これは私が去ってから読んで下さい」


「えっ、でも」


「お願いします」



鉛筆もベレー帽も何もかもずり落ちてしまうのではないかというほど、頭を地面と平行にさせてお辞儀する女性。

何だか申し訳ないのでそれに応じ、しっかり彼女が去ったのを見届けてから紙を開く。

中に綴られているのは、整った文字に巧みな言い回しの詩。

読み進めると、一番下には謎の文字列が。

英語に数字、きっとそういうことだろう。

名も知らぬ君からの贈り物、このお礼は次会う時に。

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