困惑 ページ12
しまったと思った時には遅かった。
腕を引き寄せられ、ウソクとの距離は数センチ。
強い焼酎と、ほのかな香水が香るくらいの距離だ。
お陰で転ばずには済んだのだけれど、慌てて顔を伏せる。
「し、失礼しました…!」
「気をつけて。こちらもすみません」
彼は控えめに笑って、ほんのり赤くなった頬が緩む。
よいしょと私を立たせると落とした瓶を拾ってくれた。
気づかれてないよね?
ウソクから瓶を受け取りながら少しだけ彼を見る。
ただ店員が彼を知っているだけだと思っているのかキョトンとした顔をしている。
相変わらず細くて、黒のスラックスとゆったりとしたシャツがよく似合っていた。
ぺこりと頭を下げて部屋から出る。
廊下は冷たい空気が流れていて、ようやく大きく息を吸えた。何度か呼吸を繰り返す。
(いつもみたいにウソギヒョンとか呼ばなくてよかった…)
本当は女のくせして年上をヒョンと呼ぶのもおかしいけれど、慣れてきてしまった自分がいる。
男のフリをして生きるって決めたくせにジュギョンと連絡を取ったり、頼まれて女の格好をしたり。
(なんか…ブレブレなんだよなあ…)
久しぶりに履いたスカートは違和感しかなくて。長い髪も重たく感じる。瞬きするたびに視界に入る長いまつげは鬱陶しい。
男にも、女にもなれない。
中途半端な存在。
全部捨てたくせしてジュギョンは切り捨てられなくて。
このままでいいとは思っていない。
(でも…)
私には兄の亡霊に縋って生きていくしかないのだ。
一通りの仕事が終わると既に日が登っていた。
スタッフルームで着替えていると同じく仕事を終えたジュギョンが入ってくる。
「今日はありがとうね〜!助かった!」
「どういたしまして。でももう女の格好はしないから」
「はーあ。分かりましたー!せっかく可愛かったのに」
戯けた動作をして彼女も着替えを始める。疲れているのか目の下にクマができていた。
「もう直ぐお兄さんの命日でしょ」
ジュギョンが呟く。
「私の、命日だよ」
「…もうやめなよ、そんなの。あんたはあんたの人生を生きたらいいんだよ。お兄さんの代わりをすることない」
私は俯いてしばらく返事をしなかった。
「でも、もうどう生きていいか分かんないから…」
「本当不器用だよね、あんたって。ダンスも歌もできちゃうのに、そういうところが不器用すぎる」
もっと適当に生きたらいいのに。
ジュギョンのその言葉に何も言い返せなかった。
47人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
cham-chi(プロフ) - すずさん» コメントありがとうございます!今更な気もしたんですがそう言って頂けて本当に嬉しいです。励みになりました!!読んでいただいてありがとうございました!! (2020年9月16日 11時) (レス) id: 019756ae7d (このIDを非表示/違反報告)
すず(プロフ) - X1の作品が少なくなり寂しい思いをしていまきたが、更新通知が来るたび、まだまだ私のように応援している人がいるんだなと思い嬉しくなりました。素敵な作品に出会えて嬉しかったです!これからも頑張ってください(^^) (2020年9月16日 2時) (レス) id: 70fff2cd4d (このIDを非表示/違反報告)
cham-chi(プロフ) - カナル式さん» カナル式様>コメントいただけて凄く嬉しいです!今更書くのはどうなんだろうと迷っていたんですがそう言っていただけて書いた甲斐がありました。下手くそな文章ですがもう少しお付き合いください。いつもありがとうございます。 (2020年9月11日 7時) (レス) id: 019756ae7d (このIDを非表示/違反報告)
カナル式(プロフ) - この作品すごく好きです! 今はX1の作品があまり無いのでこうやって更新して下さるのが嬉しいです!これからも続きを楽しみにしています(*^^*) (2020年9月11日 0時) (レス) id: 0d79bc4d43 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:cham-chi | 作成日時:2020年9月5日 0時