夢を見ている間に

プロローグ ページ1

夢を見ていた。

昔の夢。
その日は春になったばかりというのに何故だか暑くて。

練習室に行くまでの道のりがとても長く感じた。
アスファルトを蹴り、坂を駆け上がる。


それでも足取りは重くない。
今日も3時間早く、誰よりも先に練習室に入った。


胸まで伸ばした髪を一つにくくる。


シューズの紐を限界まで締め上げ、自分の気持ちも引き締める。
事務所の評価まで幾日もないのだ。
女性的な振りは何故だか苦手で、何度も何度も振りを繰り返した。

いつだったか、テレビで見たアイドルに憧れて自然と私の夢になっていた。
オーディションを受けて事務所の練習生となり1年、たくさんの努力をしてきた。
しんどかった、苦しかった。

それでも私の大事な夢で、憧れで、未来だった。
もう死んでしまった父も、双子の兄にしか目に入っていない母も。
いつか私がデビュー出来たら「すごいわ」「自慢の娘よ」と言ってくれる気がした。

同じ双子なのに頭のいい兄は「デビューしたら大きなスローガンを作らないとな」と言ってくれた。

勉強だって苦手だ。取り柄だってない。
でもダンスの練習も、ボイストレーニングも欠かした事がない。
私にはそれしかないから。
私の全てだから。

だから、今度の事務所評価は重要だ。



レッスンが始まると途端に私の脳内は静かになる。
何も考えない。
考えるのはダンスと歌のことだけ。


「あなた、よく練習してきたね」


先生の私を褒めてくださる声につい頬が緩む。


「ありがとうございます！」


何度も頭を下げる。
褒めてもらえた。もっともっと、頑張らないと。

先生の「さあ、もう一度」の声と同時に練習室のドアが大きく音を立てた。


「大変なことになった！すぐに病院へ行こう！」


私の名前を大声で呼びながら知らない男性が練習室に飛び込んでくる。
いやでも受付で見たことあるかもしれない。
誰だっけ、偉い人だった気がする…。

くだらない事を考えながら、男の人に腕を掴まれ連れ出される。


「待ってください！待って、病院ってなんの話ですか」

携帯もバッグも持たず事務所の車に詰め込まれる。
病院って誰の。
頭がついていかないのだ。
だってさっきまで私は練習室にいて、先生に褒められて、嬉しくて、もっと頑張ろうって思って…。


「落ち着いて聞いてほしい。実は君のお兄さんがー」



ー死んだ。


私の肩をギュッと掴み男の人は呟いた。
覚えているのはそこまで。


そして私の名前を呼ばれるのも、これが最後だった。

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