もう純粋になれないのに ページ29
私が通り魔に襲われた、それだけでこんなに大きな騒ぎになるものなんだろうか。
通り魔に襲われたって言っても、まあ、有夢のせいなんだけどね。
院長はなんともいえない顔をしている私のようすを見て、ふっと笑った。ボールペンを胸ポケットにしまって、立ち上がる。
「君がそれほど気にすることはない。今はリハビリに集中するように」
『で、でも』
「大人にもプライドがある。小学生に心配されるほど、腐った連中はいないよ」
院長はそう言うと、私に軽く手を振って病室のドアを閉めた。
心配してるとか、そういう話じゃない。でも、じゃあなんの話、と聞かれたら……答えられる気がしない。
私はなにを心配しているんだろう。政治に参加するにも、まだ幼すぎる。こんな子供の意見、世間は取り扱ってくれない。
病室の窓を眺める。マンションやビルの間から、雲が切れることなく青空に流れているのが分かる。雲の隙間から、すこしだけ曇った青色が見えた。
私はこの世界で、11歳として生きていかなきゃならない。まだ世間を知らない、純粋な小学生として。
世界の汚さも尊さも美しさも、まだなにも知らないふりをしなきゃならない。それがどれだけ辛いことなのかは分からないけれど、やらなければならない。
『……だる』
私は再び布団にもぐりこんだ。自分の体温で、ほどよく布団が温まっている。足をぐっと、おなかに近づけた。
もう一回寝ようとまぶたを閉じた。でも、夢の世界が私を受け入れることはなかった。
*****
物音が聞こえる。病室のドアが開いた、そんな感じがする。
ヒールが床をたたく、心地よい音がする。ビニール袋のがさついた音が響いた。
ビニール袋をそっと机に置く音がした。足音はそのまま退室しようとする。あまりに怪しいので、布団をまくった。
私の布団をまくった音に気づいた人が、振り返る。セミロングの黒髪がよく似合う人だった。薄手のニットに、厚いコートを羽織っている。
私はその人の名前を呼ぶ。
『家入さん』
「てっきり寝てるのかと」
『寝つけませんでした』
「たしかに、眠そうな顔してる。クマついてるし」
家入さんは私に近づいてきて、私の目じりをそっとぬぐう。
OL時代ならクマはコンシーラーで隠していたから、そういうことを言われたのは久しぶりな気がする。
私の目じりから離れた家入さんの指に水がついているのを見て、初めて自分が泣いていることを知った。
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ツバメ - 甚爾と(彼女?)妹と偶然出会って知り合いにもなって欲しいです (2022年2月8日 18時) (レス) id: e61b67cd9c (このIDを非表示/違反報告)
ツバメ - 面白いし五条さん妹愛ばかになりつつあると思うけどそれなりに仲良いと思います この子には凄く難しいかも知れませんが伏黒甚爾生存で彼をなんだかんだで助ける事出来ませんか?闘うのも有りですがやっぱり甚爾だけがいなくなってしまうのはダメかもと思うのです (2022年2月8日 18時) (レス) id: e61b67cd9c (このIDを非表示/違反報告)
善(プロフ) - 屑女また企んでそう (2022年2月3日 12時) (レス) @page26 id: e2382ac4cf (このIDを非表示/違反報告)
あまね(プロフ) - すっごい好きすっごいなんかもう好き(語彙力とは)、、、最初からここまで一気読みさせていただきました!1話1話の内容がとても面白くて、もっと読みたい!って思えました!!!更新を楽しみにしています。応援してます!!! (2022年1月8日 20時) (レス) @page12 id: 1a6dd63888 (このIDを非表示/違反報告)
善(プロフ) - 五条達に悪女こそが家族と洗脳の術を使い、夢主ちゃん見ず知らずの誰あんたみたいな術をにしておく (2021年12月31日 6時) (レス) id: e2382ac4cf (このIDを非表示/違反報告)
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