◆ 先生 ページ5
＊
少女よりも一足先早くに駆け付けた花子くん。隅に追い詰められた光たちの前に姿を現したと思えば一転、アイデンティティの包丁を振りかざした。
「花子くん！」
寧々のシルエットをしながらも『伍』の印を顔に刻んだ怪物の攻撃を避けながら、Aと花子くんは各々の武器を纏う。
包丁とアイスピック。二つの凶器が怪異の胴体を切り付ける。裂け目からは無数の蝶が羽ばたいた。
「ハーイお二人さん」
「来てくれたの……」
絶体絶命のピンチに駆け付けてくれた花子くんとA。これで何度目か、もうわからない。けれど寧々は決まって安堵を覚えた。
「ああーっ！ 何やってるんですか！」
すると突然、書庫の向こう側から長身で細身の誰かが走りながらやって来た。下が水だろうとお構い無しに、床に散らばった幾つもの本を一つ一つ丁寧に拾い始める。
「せ、先生！？」
光と寧々、Aは口を揃えて驚いたと言わんばかりの声を荒らげた。否、実際信じられないという目をした。
無理もない。ここは此岸と彼岸の境目、境界である。普通の人間が迷い込むことは余程のことがない限りは有り得ない。
「ああ、貴重な本をこんなにして……」
先生の仕草は、まるでこの場を知り尽くしているよう。散らばった本を丁寧に棚に仕舞う姿は、かなり歪だ。
この一連の様子をじっと眺めていた寧々たちだったが、突如腹の奥から声を出した。
「……っ！ 先生後ろ！」
先生の後ろには先ほどと似通った形をした怪異の手が潜んでいる。かなりの至近距離で、Aが戦闘の体勢に入ろうとも間に合うわけがない。
しかし、生徒たちの耳に入ったのは先生の悲鳴でも、花子くんが間に入る音でもなかった。べちん、と何かが押し潰されるような音であった。
「黙っていればギャアギャアと……やかましいんだよ。……ったく、これだからガキは嫌いなんだ」
その声はまるで先生ではないようだった。波長は同じかもしれないが、別の人格が乗り移ったように変わった声色に、三人は顔を青ざめる。
さらに人のものとは思えぬその腕は光たちの体を鷲掴みする。
「本が赤く染まってる。さては未来の記述を読んだな？身の程知らずめ。さァて……」
辺りをヒラヒラと舞う蝶を捕まえ、そのまま残酷にも捕食する。開かれた口の中は変わった形の舌と鋭い歯だけで、心臓の鼓動が止まってしまうようだった。
「どうしてくれようか」
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