彼のスーツを脱がす時 2 【NINO】 (ページ1)

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31.優しい時間ページ1

大野「おまたせ」

チェックのミトンをはめて湯気が出る一人用の小さな土鍋をテーブルにせっせと二人ぶん運ぶオーナー

「ありがとうございます」

目の前置かれた土鍋にはお野菜とおうどんそして卵が月見に落とされていた

ミトンを外したオーナーが向かい側に座ると湯気の向こうで柔らかく笑って手をあわせた

大野「ん…それじゃ、いただきます」

「いただきます」

箸置きに用意されたお箸を持つと

食欲なんてないけど

目の前の美味しそうなものにまるで引き寄せられるようにうどんを口にした

「おいしっ」

思わず出た一言に

大野「良かった」

オーナーは嬉しそうに笑う

「オーナー料理できるんですね」

大野「まぁ…ね」

その優しい笑顔と口にしたうどんの優しい味がリンクして

何故かまた目頭が熱くなった

大野「昔、親父と喧嘩するとよくじいちゃんが作ってくれてさ」

「うどん…をですか？」

大野「うん…泣きながら食ってたから味なんてわかんなかったけど多分じいちゃんが作ってくれたうどんよりウマイうどんを食った事はない」

そう言えば

オーナーのお父様はオーナーがテーラーになることを暫くは反対してたと聞いたことがある

オーナーもこんな風にお祖父様に作ってもらったうどんに元気にしてもらったのかな

「…美味しいです」

オーナーが作ってくれたうどんを食べ

私が後片付けに洗い物が終わるタイミングに珈琲を淹れてくれたオーナー

珈琲のマグカップを受け取り

「ありがとうございます」

次に出された物に

大野「A、これ」

私は首を横にふった

「受け取れません」

大野「社長さんに渡してAの気持ち伝えれば」

気持ちを伝えるなんて

「今は…今はその資格が私にはないです」

資格以前に

玉砕だとわかる相手に想いを伝えるなんて私には出来ない

きっと今頃須永さんからネクタイを受け取って

二人は上手くいく…

逃げるようにして口にした珈琲は苦いと思っていたのに慰めるように甘くて

オーナーを見ると

全てお見通しのような優しい瞳で私を見ていた

大野「じゃ…俺があずかってる…それでいい？」

「はい」

誰にもつけてもらえないであろうそのネクタイが自分の宙ぶらりんな気持ちに重なって

居場所のないそれをオーナーが助けてくれる

でも

どんなに隠されても

見えないところに置かれても

それが消える事はないって思い知らされたあの日

私は謝った選択をしてしまったんだろうか