四天宝寺のコイ事情 (ページ38)

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放心ページ38

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少しだけ窓から風が吹いた。
むわっとした、生暖かい風だった。

風の中に、謙也の匂いが混じっていた。
少し汗の匂いと、謙也の匂いがした。
この匂いは入学した時からちっとも変わってない、私の好きな匂い。

この状態からどれくらい時間が経ったのか、私も分からなかった。
息を止めているので、そう長くは持たないと思うけど。

現に、上唇はもうとっくに接触している。

下唇はというと、触れるか触れないかの距離で止まっていた。
恐らく、私か謙也がちょっとでも動いたら即アウト。完璧なキスの出来上がりである。

私の耳にはセミの声など届いていなかった。
ただ、風に運ばれてくる謙也の匂いがやたらと心臓をうるさくさせた。

謙也は、なにかの衝動を必死に我慢してるように見えた。
それが分かったのは、肩に置かれた手が少し震えていたからだ。

とても柔らかい感触が上唇から伝わってくる。
光太に毎晩キスをするあの感触よりも、ふわふわしていた。

肩に置かれた手に、さらに力が入った。

いよいよ、下唇を接触させる気になったらしい。
ほうきを握りしめていた力をふっと弱めた。
死を覚悟した野生の鹿みたいに、早くやってくれ、とそのまま待った。

くっつけていた鼻が少し動いた、その時

────────キーンコーンカーンコーン
午後５時を知らせるチャイムが鳴った。
図書室は広く、音を吸収するものはあまりないので、チャイムの音は本棚の間に長く響いた。

すると謙也はスッと離れ、私の頭をなでた。
これまで以上に、ぐちゃぐちゃになでた。
ずり落ちたメガネをかけ直すと、私の持っているほうきを取り上げた。

謙也「ほな、ほうき直してくるわ」

そう言って謙也は図書室を出ていった。

私はその場にペタンと座りこんだ。
とにかく心を落ち着かせようと、そばにあった本を手に取った。
適当にページを開くとちょうどキスシーンの挿絵があるところを運悪く開いてしまった。

急いで閉じて、本を元の場所に戻した。
手が小刻みに震えていたことに今気づいた。

やっとセミの声が聞こえてきた。
頭の中の熱がふしゅーっと溶けていく感じがした。

謙也が帰ってくるまで、図書室のソファに腰をかけて絵本を読むことにした。

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