四天宝寺のコイ事情 (ページ37)

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一瞬ページ37

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───────ほんとうに一瞬だった。
ほんの一瞬だけ、謙也と目が合った。
その一瞬がが命取りだったのかもしれない。

謙也とパチっと目が合ったその瞬間、もう目をそらすことが出来なかった。

なぜなら、謙也の目が真剣だったから。

今まで見たことないような目をしていた。
まるで、私の目の奥底まで見ているような。
あまりにも真剣な目に驚いてしまったので、私はほうきを持ったまま固まってしまった。
謙也ってこんな顔するんだ、と思った。

謙也が一歩、近づいて来た。

思わずビクッとして、私も一歩後ろへ下がった。

謙也が二歩近づくと私も二歩遠ざかった。

そしてついに、終止符が打たれた。

私の背中が本棚という名の壁についてしまったのだ。
もう、遠ざかることはできなくなった。
よくテレビとかである、犯人が警察に追い詰められる状況に似ていた。

持っているほうきをぎゅっと握りしめた。
どうしよう…
そう考えている間にも謙也はどんどん近づいてくる。

───────謙也の顔が明らかに近くなっていることに気づいた。
息がかかりそうなくらい近かった。
心臓の音が謙也に伝わってないか、心配になってきた。

私が背伸びをすれば、目の前には唇がある。今の私と謙也の身長差はそのくらいだった。

謙也が少しかがんだ。
もう目の前には、謙也の顔があった。

未だに目は合ったままだ。

A「け…謙也…」

虫の声くらい小さく名前を呼んだ。
でもたぶん謙也には聞こえてなかったと思う。
謙也はお構いなしに、顔を近づけ始めた。

セミの鳴き声がうるさくて仕方がなかった。

謙也が目を閉じた。

これはいよいよヤバイ方向に行っている気がしてきた。
謙也からは呼吸音が消えていた。
たぶん、息を止めてるんだと思う。
またほうきを握りしめてみるも、頭がぐるぐるして冷静な思考回路はとっくに遮断されていた。

A「謙也､待っ…」

私がそういうのと同時に、謙也と私のおでこがくっつけられた。
私も思わず息を止めた。
謙也のおでこは暑さのせいか、熱くなっていた。
ほんとうに、顔が近かった。

謙也が私の肩に手を置いた。

ビクッと肩が上がった。
それをほぐすように、謙也は肩に置いている手に力を込めた。
すると、私の肩はリラックスしたかのように元に戻った。

そして、鼻がくっつけられた。

もうダメだ。やられる。
そう観念して、私は目を閉じた。

セミの声が、一層大きくなった──────

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