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「す！すみません！！！！！」
慣れない床につまづいたばっかりに、
おばあさんの背中に腕が当たった。
それはちょうど、包丁を握っていたときで。
「いたっ！」
というおばあさんの声が、台所に響く。
私は慌てて手元を押さえ込んだ。
切り傷はとりあえず直接圧迫する。
本当は綺麗な布がいいけれど、
現代のような滅菌ガーゼとかは望めないので、
とりあえず私の着物。
袖口で押さえ込んだのに、
二枚の分厚さを意にも介さず
じわりと赤が滲んでくる。
「あの、本当に……！！
申し訳ありません……！！」
泣きそうだった。
人生18年。
誰かに怪我をさせられたことはあれど
させたことなど一度もない。
それに刃物の絡んだ大怪我。
この時代だ、ただの傷が
どんな大きな話になるかも検討がつかない。
こんなに良くしてくれた人に、
返す恩がこれかと思うと情けなかった。
「本当にすみません……！！！」
「………………………………」
おばあさんは何も言わなかった。
当然だ。
叩き出されても仕方ない。
それどころか、何か私が償いを。
「……離しておくれ」
静かに、おばあさんはそういった。
「でも、血が」
「いいから」
「……っ、はい……」
有無を言わせないその声音に、
私は何も言えなくなって手を離す。
今私が
彼女に優位に出れることなどありはしない。
そう思ってそっと手を離す。
「え……？」
「………………」
彼女の指は
他の指と大差なくなんの傷一つもなかった。
私は慌てて自分の着物の袖を見る。
確かに赤い。
何かのドッキリかと袖口を鼻に持っていくと、
確かに血液特有の錆びた鉄のような匂いがする。
確かに、傷はあったはずなのだ。
まさか指を間違えたか
と私は慌てて反対側の手を取った。
……結果は変わらず、ただの老婆の手だった。
「……そんな顔しなくてもいいのよ」
「……え、あ、でも」
思考がままならない。
何が起きているのか理解できなくて、
本当にわからなくて、
頭が真っ白だった。
どんな顔をしてるんだ私、
と表情筋に力を込める。
固まったかのようにピクリとも動かなかった。
「……信じて貰えないかもしれないし、
気持ちが悪いと思うかもしれないけれど……
私はね、鬼なのよ」
「っ？！」
鬼？
私の想像し得る鬼なんて、赤くて、その、
昔読んだ絵本の挿絵くらいの想像しかできない。
……その絵面と彼女は、
あまりにもかけはなれていて。
「傷なんてすぐに治るの。
だから、そんなに気にしなくてもいいのよ」
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作者名：れれれのおじさま | 作成日時：2020年10月12日 0時
