それでもいいんだよ(1) ページ1
その日は鳥の囀りと共に目を覚ました。覚醒状態は非常に良好らしく、ベッドから降ろした足は危うげなく地面を踏みしめている。
いざ、東日(ひがしび)を取り入れようとカーテンに手を伸ばしたところで、後方左脇から骨ばった象牙色の男の手が伸びた。
驚きとともに体が僅かばかり硬直する。しかし、冷静にその手を見てみたところ、これは己の良く知る男の手だと思い当たり、安堵と小さな怒りを同時に感じながら体をその手を持つ男の方に向けた。
視界に入ったのは藤色のカーデガンと汚れのない白いワイシャツである。
「もう、びっくりしたじゃない。」
―――Aは眉間にしわを寄せ、口を窄めながら男を見る。
男はそんなAの様相を、コールタールのようなドロッとした瞳を細めて見ている。見るものによっては、その笑顔が孕む形容しがたい何かを感じ取ることができただろう。
しかし、己と今向きあっているこの男が「純然な人間である」、と思い込んでしまっているAは、男のそんな様相に気づかない。
そっぽを向き、誠に遺憾であると腕を組む己を男は愛おしそうに抱きしめる。
「カーテン開けていい?」
―――己のその呟きと同時に、右耳に生々しい(けれど一切不快ではない)吐息が掛かった。また、体は僅かに硬直する。
「ダメ。まだ寝起きでぼさぼさの髪、通る人が見たら、だらしないって笑われちゃうよ?」
―――鼓膜を直接揺さぶるような心地よい低音が、意地悪く笑う。男はさらに右手でわしわしと己の頭頂部をかき乱した。
「もう!」
―――何てことするの、と言おうとしたそのとき、男は諫めるかのように己に口付けした。
当然、咄嗟の反論は全て己と男の口内で溶けて混ざり合い、有耶無耶になる。
何でもかんでも怒ったらキスすれば許してもらえると思ってるんじゃないでしょうね?―――と理性のどこかでは思っていても、いつも結局、この男の慈しむような手と温かい舌に己は絆されてしまう。
次という次は許してあげないんだから、と思いつつ、己は暫く甘やかな口づけに流されるのであった。
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作者名:Entero-spiro | 作成日時:2019年2月13日 14時