第230話：過去4 ページ36
大学に通うことはできても、授業内容は到底頭に入らない。
本を読む気も失せて、友達と会話することも、ましてや食事をとる事も怠くて仕方なかった。
今思えばとんでもない綱渡りをしたと思う。
医学部は決して楽ではない。
覚えることが多すぎるのは言わずもがなだが、
暗記が得意というわけではなかった自分は、そういった面ではかなり苦戦した。
しかも唯一の肉親が倒れたと来れば、もはや大学の中退も辞さない勢いで居たのだ。
(勉強も追いつかない)
弱り果てていく彼の姿は、たったひとりの娘にはあまりにもつらい。
(大学なんてもう)
医者なんて、もう。
「お父さん」
「なんだ？」
広々とした病室の一角。
窓から吹き込んでくる風がカーテンを膨らませるように揺らして、ひと時の平穏を物語る。
低く、野太い声。
肩幅は少し広めで筋肉質。ものの数日の間に、それは少し痩せたように落ちている。
すっと整った鼻筋に、少しつり上がった目つき。広い額。白髪が混じったオールバックの髪。
一見、気難しそうな老人。
この男の容姿を前に、初対面から下した真似をする輩はそうそう居ない。
わりと豪傑な男で、あっけらかんとしている。
よく肩車なんかを要求しては軽々と持ち上げてもらった。
リビングで眠りこけた時には音も立てずにそっと抱き上げて寝室まで連れて行ってくれた。
もうあの頃のような活発な父の気配はない。
だがそれがなんだという話で、Aにとっては今を生きてもらうだけでよかった。
家族の異変というのはものすごく分かりやすいもので。
Aは至って普通に話しかけたつもりだった。
けれども、彼女の父は僅かに見えた闇を見逃さない。
父はそれを指摘することなく、彼女と同様に、至って普通に返答をする。
「…大学のことなんだけど」
「ああ」
「………やめようと…思ってて」
父は表情ひとつ変えない。
予測していた言葉なのか、一周回って動揺しているのか、
それともひたすらにポーカーフェイスなのか。
Aの父は手にしていた新聞をベッドの隅に置き、娘と向き合った。
「理由は？」
真剣かつ優しい声だ。
それなのに怒られる気がして、Aはぐっと膝の上の手を握った。
「……結構前から、勉強が追い付いて…なく、て…」
「具体的に。いつから？」
「………」
「………。」
「…………い、っかげつ、前…」
「A」
その父の呼びかけに、娘はびくりと肩を跳ねらせた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1836人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
理音(プロフ) - 更新して欲しいです！！待ってます！！ (7月16日 23時) (
レス) id: d2e2ccbd11 (このIDを非表示/違反報告)
狐海(プロフ) - 更新楽しみに待ってます…！ずっと！！待ってます！！ (2023年4月20日 18時) (レス) id: ce22822f8d (このIDを非表示/違反報告)
理音(プロフ) - 続き気になります！更新楽しみにしています！ (2022年5月13日 19時) (レス) id: d1bb6ccd48 (このIDを非表示/違反報告)
積み荷 - すごく面白くて続きが気になって三回もコメントするDS民ですこんばんは！もう更新はされないんでしょうか…きっとお忙しいのだと思います、事情も知らない外野ですがなんか応援してます！ (2020年2月19日 1時) (レス) id: 03bfdf54f9 (このIDを非表示/違反報告)
昇降機 - めちゃめちゃ面白いですいつまででも待ってます…！原作も読みましたが面白かったです(影響受けた)続きを楽しみにしてます…！ (2020年2月5日 20時) (レス) id: 03bfdf54f9 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：K | 作成日時：2018年7月21日 20時
