指導医はオペ室の悪魔4【ブラックペアン】

第154話：一時間3 ページ9

何度、このまま仮眠室に閉じ込めてやろうかと思っただろう。

こうして「枕役」と称して彼女を拘束し始めた辺り、
本格的に独占欲が強くなっているのを渡海は自覚していた。

垣谷を彼女の指導医から引きずりおろし、堂々と彼女を奪っておいて今更だとは思うが。

ただ、誰も居ない所に隠したとしても、彼女を捜す者はたくさんいる。
彼女も彼女で、その鎖を噛みちぎってでも自分の腕から逃れようとするだろう。

渡海は上体を起こし、それを腕で支える。

真下にいる彼女は身動きができるようになった故か、そのまま寝返りを打った。


≪「患者を救ってくれるのが医者なら、その医者は誰が救ってくれるんでしょう」≫


「……そろそろ答えに辿り着いたかよ、Aちゃん」


その頬をむにむにとつまむ。彼女はうー…と唸って眉をひそめたが、それ以上は動かない。

土砂降り。三年前、自分が黙って傘の中に入れた時の彼女の姿を、
今の世良や花房、猫田や高階が見れば揃って「誰だ」と声をあげるだろうと、渡海は思う。

あの時呟くように投げられた彼女の質問に、渡海は何も答えなかった。

……あの時にすでに捕えておけばよかったのだろうか。

そうしたら、ああやって高階に懐きもしなかったのかもしれない。

ぐい、とつまんだ頬を軽く引っ張ってみる。
うう、と可愛げのない声をあげて、教え子はふらふらと手を彷徨わせる。

スマホの画面を確認すれば、まだ三十分ほどしか経っていなかった。


「…ん」


ひやりと手首に他人の体温が伝わる。彼女の細い指が渡海の手首に滑り込んだ。

そっとその頬から手を放してやる。だが彼女の手は渡海の手首を掴んだままだった。

特別長くはなく、しかし整ったまつ毛が震える。
やがて瞼が開くまで、じっと渡海はそれを見守った。


「………せんせい…？」


その声は掠れている。途端、彼女はけほっと軽く咳き込んだ。
おぼつかぬ動きで渡海の姿を確認すると、あー…と声を漏らす。今の状態を思い出したらしい。


「おはよ」
「……は、よう………寝て、た？」
「寝てた」
「……いちじかん……たった…？」
「あと半分」
「えー…もー無理……せんせー重いよ……」
「ところで敬語崩れてるけど」
「…………………失礼しました…」


猫被りを忘れていることを指摘すれば、素直に彼女は詫びた。
怒りに任せて飛び込んできた時は聞きもしなかったくせに。

第155話：一時間4→←第153話：一時間2

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す