第153話:一時間2 ページ8
けれど、梓紗のそれも一瞬の「犠牲」に過ぎなかった。
(医療って、なんだろ)
科学か。数字か。屍の寄集めか。
あるいは人か。
(…一種の哲学になるな、やめよう)
…これから何度も直面する問題だ。きっと、答えはその都度変わっていくんだ。
目を閉じ、思考を振り切る。今考えたってしょうがない。
せめて、せめてあの薬があの少女に平穏をもたらすものであれば良い。そう願うばかりだ。
ゆるゆるとその手を渡海の背に滑らせる。服越しであっても、その体温は少し冷たかった。
「……先生なら、」
先生なら、答えられるんでしょうか。息に混じった声は、今に消えた。
さて、この一時間をどう潰そう。
■
浅く息をする胸の音。安らかな鼓動を頼りに渡海はふっと表層へと意識を戻す。
風が頬を撫でて、室内に舞い込んでくる。壁に貼りつけた紙が音を立てて揺らいだ。
「……。」
夢を見ていた気がする。遠い遠い過去の話だ。
変わらず仮眠室は静かで、壁を隔てた向こうの医局からもわずかに物音がする。
いつもより幾分か静けさがあるのは、医局の者たちの大半が昼食に向かっているからだろう。
―――柄にもない顔を。
意識が沈んだ己の教え子の頬を、そっと指先でなぞる。
その寝顔は、熱にうなされていた時よりも落ち着きがあった。
勝手に悩んでいればいい。いつまでも唸って、答えが見つからず彷徨っていればいい。
そうしたら、後ろから目を塞いでやる。そのまま引っ張りよせて、ただ自分についてくればいい。
でも、彼女はそれを許さない。それは思考停止と同じだから。
こんな奇妙な状況に置かれてなお、たった一人の患者に強いた選択を後悔するのだから。
それほどに、今の彼女に渡海は見えていない。
彼女は患者ばかり優先で、末にいつか自分を壊すだろう。
治験が了承されたという話は既に木下からも直々に聞いた。
本来はA本人からも聞くべきなのだが、今の彼女にそんな余力はなかったらしい。
彼女の薄い唇に親指の腹を添える。
すぐにくすぐったそうに顔を逸らされて、渡海は呆気なくその手を放した。
お姫様は王子様の口づけで目が覚めるなんておとぎ話をよく聞くが、
生憎、王子といえば正直世良の方が似合っている。
渡海といえば、姫をかっさらう悪役……とまではいかないが、
最後の最後に姫を連れてどこかへ飛ぶ影の者かもしれない。
(さらってやろうか、このまま)
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snake20xjapan04(プロフ) - めっちゃ面白いです! (2018年9月22日 11時) (レス) id: b0aeedf16f (このIDを非表示/違反報告)
K(プロフ) - 橘花さん» とてもわかります(;ω;) 確かに続編あったら…とも思うんですが(海堂シリーズ読破者としては特に!)、渡海先生…渡海先生…orzってなります…(笑) へへへっ、自分のペースでもりもりやっていきます!!ありがとうございます! そうなのよ奥さん!不思議ね!! (2018年7月22日 0時) (レス) id: f4cc5215a6 (このIDを非表示/違反報告)
橘花(プロフ) - ペアンロスわかります。。ベイストで続編うんぬんの話を聞いてさらにロス再燃。。褒めて欲しい主人公ちゃんと甘えを逃した渡海先生の肩落ち加減がかわいいです…!Kさんがたのしく書けることを祈ってます。追い込まないで…。で、2人まだ付き合ってないの奥さん?? (2018年7月19日 20時) (レス) id: 2798c105f2 (このIDを非表示/違反報告)
K(プロフ) - 橘花さん» とても細かい所まで着目してくださっている!!!作者としてありがたいとこの上ありません(*´Д`*) (そして再びご返答遅れてしまいすみませんorz コメント自体に気づきませんでしたorzいつもありがとうございます…!) (2018年7月19日 13時) (レス) id: f4cc5215a6 (このIDを非表示/違反報告)
橘花(プロフ) - 緊張してキモオタみたいな喋り方しそうですが、よければぜひ♪私は描写、丁寧できれいな言葉でだいすきです。その傾向なかったり…?!(笑)渡海先生の問答で「美しい…」の答えに「…はい」の…がすてきです(マニアック)案外ノリとテンポのいい2人がすきです! (2018年7月11日 19時) (レス) id: 2798c105f2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:K | 作成日時:2018年6月14日 0時