第185話:誠 ページ40
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「先生?」
「……」
「あれ?A先生?」
術衣やマスク、帽子を脱ぎ捨てたいつも通りのスクラブ姿の研修医。
患者は別室に運ばれていき、オペ室前の廊下にはAと花房、猫田のみが残った。
Aは生気のない目で第二オペ室側の扉を見た。まだ使用中を示すランプがついている。
花房の呼ぶ声が聞こえていないのか、Aの視点は動かない。
(だめだ、)
耐えきれない。
がくんと膝が落ちる。重力に逆らえず、そのまま身体は冷えた床へ身を預けていく。
(成功、したんだ……手術……)
それはあまりに時差のある実感だった。やはり患部を閉じるまで気が抜けなかったのだ。
なんとか目を動かして、だらりとした己の手を見る。
(……挽回、じゃ…ないけど………うまくいって、よかった…)
もっともっと練習しよう。もっともっと彼から教わろう。もっと、―――
誰かが自分を呼んでいる。
その声でなんとか現実に意識を引き留めていられたが、そろそろ限界らしい。
声が遠くなる。男の一言を残して。
ろくな休息もとっていなかったその身体は、半ば気絶のような形で意識を手放した。
「…おやすみ」
■
手術が終わった途端にぶっ倒れるなんて、格好もつかないというか。
だが、あれだけ身体に鞭を打てば限界なんて簡単に突破するだろう。
ここまで耐えたのも中々のものか。
仮眠室に連れ込んだ研修医の寝顔は安らかでもなんでもない。
ぐったりと目を瞑ってなんとか息をしているだけの、半ば屍のような状態だ。
指の腹で彼女の目元を撫でる。身動ぎもしなければ声も上げない。
細い指先へ目を移す。目元から指をゆっくりと放して、その白い手を優しくとった。
一回りほど小さいその手。綺麗に切りそろえた爪は、今やあまり良い色はしていない。
渡海は一言も言葉をかけない。意識を易々と手放して脱力する教え子の寝顔を見つめるだけ。
とあるレントゲンを入れた封筒と共に、棚の上に並ぶ書類や書物。
その中に一点、明らかに渡海のものではないノートが一冊。
間違いなくAのものだった。
もちろん中身を盗み見たことがある。
そして彼女の手術を思い返す。
その手技は迅速だったか。
――いいえ。
それは的確だったか。
――はい。
それは神業であったか。
――いいえ。
それは美しかったか。
――…はい。
それはまことの医者だったか。
(訊かれなくとも)
彼女は最初から、まことの医者である。
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snake20xjapan04(プロフ) - めっちゃ面白いです! (2018年9月22日 11時) (レス) id: b0aeedf16f (このIDを非表示/違反報告)
K(プロフ) - 橘花さん» とてもわかります(;ω;) 確かに続編あったら…とも思うんですが(海堂シリーズ読破者としては特に!)、渡海先生…渡海先生…orzってなります…(笑) へへへっ、自分のペースでもりもりやっていきます!!ありがとうございます! そうなのよ奥さん!不思議ね!! (2018年7月22日 0時) (レス) id: f4cc5215a6 (このIDを非表示/違反報告)
橘花(プロフ) - ペアンロスわかります。。ベイストで続編うんぬんの話を聞いてさらにロス再燃。。褒めて欲しい主人公ちゃんと甘えを逃した渡海先生の肩落ち加減がかわいいです…!Kさんがたのしく書けることを祈ってます。追い込まないで…。で、2人まだ付き合ってないの奥さん?? (2018年7月19日 20時) (レス) id: 2798c105f2 (このIDを非表示/違反報告)
K(プロフ) - 橘花さん» とても細かい所まで着目してくださっている!!!作者としてありがたいとこの上ありません(*´Д`*) (そして再びご返答遅れてしまいすみませんorz コメント自体に気づきませんでしたorzいつもありがとうございます…!) (2018年7月19日 13時) (レス) id: f4cc5215a6 (このIDを非表示/違反報告)
橘花(プロフ) - 緊張してキモオタみたいな喋り方しそうですが、よければぜひ♪私は描写、丁寧できれいな言葉でだいすきです。その傾向なかったり…?!(笑)渡海先生の問答で「美しい…」の答えに「…はい」の…がすてきです(マニアック)案外ノリとテンポのいい2人がすきです! (2018年7月11日 19時) (レス) id: 2798c105f2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:K | 作成日時:2018年6月14日 0時