指導医はオペ室の悪魔4【ブラックペアン】

第161話：論文2 ページ16

「もしスナイプが実用化すれば、高階先生が言ったように、
　世界中の多くの人の助けになる―――素晴らしいことだと思います。」


時が止まったかのように、静寂が走る。

世良のその声と威勢は僅かな嬉々と希望を滲ませていた。無邪気とも言う。


(多くの、人の)


その言葉はAの耳にもはっきりと届いた。
廊下を去ろうとした心が止まり、その場で呆然としたように立ち尽くす。


(……そうだ。だから、私は高階先生をどうしても嫌えないんだった)
「……あっ、………すいません…。余計なお世話でした…」
(えっ)


世良の沈んだ声により、Aは医局の方へ振り返った。

まさか高階は世良のその願いを断ったのだろうか。
Aの踵を返していたそれが再び医局へと戻ろうとしている。

失礼します、と、僅かに聞き取れたそれは世良の言葉だ。彼は医局を去ろうとしているのだろう。

(ああ、もうどのみち鉢合わせたって―――、)


「世良君―――」
「……はい？」

「…必要なデータの洗い出し―――頼めるか？」
「……はいっ、もちろんです…！」


その二人の会話を耳にした途端、Aのその脚の速度は速まった。






「――あ、の！」
「あれ、Aさん？」
「わ、私も…！」


仮眠室の向こう側。

ブランケットを抱いて眠りに落ちようとしていた指導医の目が、ふと開いた。






.






「そろそろゲンコツ一発程度なら許されますよね？」
「許されねえよ」
「許せや。ついでに離せや」
「うるせえ、黙ってろ」
「…………なんか…怒って、ます…？」
「……。」
「……わ、私だって怒ってますからね。高階先生の手伝いしてたのに…」


月の光のみが光源の仮眠室では、Aは渡海の表情は正確に目視できない。
そもそも抱き締められているので物理的にも渡海の顔を窺うのは不可能だ。

本日二度目の抱き枕だ。もうそろそろ日付を超えるが。

ラッキーなことにAは当直であり、あの後高階にも世良にも彼女の要請は快諾された。

世良と共に様々な資料をまとめては洗い出したりをしていた。

もうそろそろ終わるというところで世良や高階は一度医局から席を外し、
その隙にAは(半ば誘拐じみた形で)渡海に引っ張られ、今に至っている。

ちなみに今回の抱き枕場所はソファではなくベッドである。


「A」
「…はい？」
「お前の指導医は誰？」

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