指導医はオペ室の悪魔4【ブラックペアン】

第160話：論文1 ページ15

「でも論文は、ただ書くだけじゃあ意味がない」


(…お？)


「…大事なのは、その論文がどの学会誌に掲載されるかなんだ」


その声に、Aは医局に踏み込むのを躊躇った。
開いている扉から、そっと中を覗き込む。

世良と高階が居る。医局の電気は大体消灯していた。

既に夜。大体の医局員はすでにそれぞれ帰宅したり寮に戻って行った。


(…高階先生、今日当直だっけ…？)


「インパクトファクター…ですね」
「日本最高峰の権威を誇る、｢日本外科ジャーナル｣のインパクトファクターは7」


高階は、そう言いながら椅子から立ち上がる。反射的にAは廊下側へ身を隠した。
何やら重要そうな話をしているらしい。


「佐伯教授が10年前に初めて佐伯式を世に打ち出した時、その論文はここに掲載され…」


それによって、佐伯式は一気に世界中に知られるようになった。


―――ペンは剣よりも強し、とはよく言ったものだ。
Aは高階の羅列する言葉を聞きながら、そう切に思う。

佐伯教授のインパクトファクター累計が77であること。
西崎教授のインパクトファクター累計が71であること。

西崎教授に関しては、様々な分野を執り行っていながら、
佐伯教授は「佐伯式」という一つの術式のみであること。

どちらが実力として勝っているか、火を見るよりも明らかであること。

そうして、この桜宮市にある地方の一病院に数多の患者が集うようになったこと。


「―――だが、スナイプの論文が完成すれば、」
(彼の―――佐伯教授が積み上げてきた、インパクトファクターを)


越えることができる。


「そのためなら―――、私は何だってする」

(………。)


Aはここまできて自分のしていることは盗み聞きという悪趣味なことであることを思い出す。

聞かなかったことにしよう、と心に決め、そっと医局の廊下から忍び足で離れようとした。
だが医局にやってきたのも理由がある。というかそもそも当直だし。


(でも〜〜〜〜渡海先生に提出するやつが〜〜〜)


しかし四の五の言っていられない。
正直、論文がどうとかインパクトファクターがどうとか、彼女にとっては至極どうでもいい。

あの二人に白い目で見られるより逃げた方がマシだ。


「―――手伝わせていただけませんか？」


世良のそのはっきりとした言葉に、Aはぴたりと足を止めた。

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