指導医はオペ室の悪魔4【ブラックペアン】

第158話：先輩1 ページ13

「Aさん」


世良のその声は真剣そのものだ。

呆気ないほど、Aの張り付けていた仮面がぼろぼろと崩れていく。


「…あ……、失敗、って、そゆ…意味じゃ、なくて」
「Aさん」
「…………。」
「分かってる、とは言わない。でも、その言い方はダメだよ。」


世良は淡々と続ける。


「君が向き合ったのは君じゃなくて、患者さんなんだよ。」


だから、失敗した、なんて笑顔で言うことじゃない。

不謹慎、という言葉は少し違う。
失礼も、無礼という言い方も当たらないし遠い。

Aは世良の言葉を心の中で反芻しながら、ぎゅっと両手で拳を作る。


「うん……ごめんなさい…」

「……いや、あの…ごめん。俺こそ、突然」
「違う……、……違う、違う………」


スピーカーが壊れたように、Aはそう「違う」と繰り返した。
雨が叩きつけられた窓のように、頬をはらはらと濡らして。

彼女は片手の拳を解いて、手の甲で目元を拭う。


「違うんだよ、世良くん」
「うん」
「でもこうやって泣いたからには本心隠さず言うけどさあ」
「うん、」
「簡単に踏み入ってこないで。私は強くないからこうして泣いてしまうよ」
「うん」
「泣いてるからって同情したら怒るからね。みっともないのは私だって理解してます」
「……うん」
「世良くんだってあの悪魔に鞭入れられたでしょ」
「鞭っていうか……」
「殺したな、って言われたでしょ。あんなん吐くわ。吐いたわ」
「うん……」


世良は苦笑する。彼は思わず自分の左手を庇うように右手で握った。


「手術したよ。縫合しろって言われたんだよ。でもダメだった」


遮断解除したその時、血は吹き出した。失敗の合図だった。

もう一度縫合すればいい話だ。

けれども研修医のAに耐えられるような光景ではない。

追い打ちにあの悪魔が囁くもんだから、Aの精神力はもはや一時的に塵と化した。


「……ただ、それだけだよ」
「だから、」
「だから、じゃないよ、世良くん。これは私の問題」


Aは世良の言葉を静止する。その先を言われてはいけない。


「世良くんは乗り越えたんでしょう。じゃあ次は私の番」
「…Aさん」
「ごめんね、」


今の私じゃ、君を頼ることが出来ない。

声をかけてくれてありがとう。それだけで、十分だよ。


「私も頑張るから、見守ってるだけにしてほしい」

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