指導医はオペ室の悪魔2【ブラックペアン】

第86話：保持 ページ39

足音が近づいてくる。全力で猫のように丸くなる。
それを許さんとばかりに、足音はAのベッドの前で止まった。気配もそこに佇んでいる。


「起きてるだろ」
「…そこは見て見ぬふりするとこじゃないですか」


素通りしてくれ、と一応祈ったのだが届かなかった。
Aは諦めたように、毛布の中から顔を出す。

すると、それを見計らって渡海がスマホを差し出してきた。


「電話」
「えっ…？」
「来たら出といて」
「…あ、そういう。」


Aは一瞬言葉の意味を理解できていなかった。
てっきり自分に電話が来ている、というニュアンスで受け取ってしまったが、
なるほどそういうことか。

Aはベッドからのろのろと降りた。

袖をぐっとまくってから、差し出されたスマホを特に躊躇わずに受け取る。


「……くくっ」
「…なんですか？」
「いや？」


渡海はスマホを受け渡す際、一瞬吹き出すように笑った。何がおかしいのだろう。

じとっ、とAは渡海を見やるが、
渡海は口の端を釣り上げて、面白いものでも見たかのように笑っている。

袖をまくったことがそんなに面白いんだろうか。


「…あのですね、言っとくけど、これ渡海先生の服ですからね」
「んなこと知ってるよ」
「ぶかぶかなのは当たり前だって話です、笑う要素ないでしょ！」
「俺の服着て四苦八苦してるお前の姿が面白くないわけないだろ」
「ホント熱下がったら覚えててくださいよ」
「じゃ、よろしく」


渡海は最後の言葉は聞こえんとばかりに、白衣を片手に仮眠室を去っていく。


「…ってか、他人にスマホ預けるって警戒心ゼロじゃない？」


Aは眉をひそめながら、真っ暗な画面を見つめた。

他人の個人情報は元より、
渡海自体、見られたくない物のひとつやふたつあるだろうに…と思ったところで、
果たして渡海にそういうものがあるんだろうか、と疑問になる。

あってもなくても、不思議ではない。
元々、他人のスマホの中身を覗き見るような不躾極まりないことは絶対にしないが。

単に、Aを信用しているのか、渡海が適当なのか。渡海の意図は窺い知れない。

……第一、渡海はどこへ向かったのだろう。


(一言ぐらい入れてくれてもよくないですか…)


ていうか電話って誰だ。誰から来るんだ。どうしよ。聞きそびれたこと多すぎる。

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