17 ページ17
バターのいい匂いに誘われて
目を覚ますと、ベッドの上だった。
「…おはようございます。」
恐る恐る、匂いのもとに居る先生に声をかける。
「おはよう。昨日はありがとう。」
「いえ、回復されて良かったです。
私の方こそ、ベッドに運んでいただいてしまって、
ありがとうございました。」
大人の女を運べるなんて、意外と筋力あるんだ…
特別引き締まってるわけじゃなかったのになぁ…
「あの、さぁ…思い出してるならやめてくれる？
恥ずかしいから。」
「あ、いや、すみません。」
「図星かよ(笑)
にしてもルームサービスが届いたタイミングで起きる？」
「…。」
匂いに釣られて起きたのをつかれて言葉につまるのを、
くくくっと面白そうに笑ってる。
こんな風に笑うところ、初めて見たかも。
「食べたら出かけるけど、
Aさんは好きにしてていいから。」
あ、また名前で呼んだ。
「ありがとうございます。」
「昼には戻る。」
「かしこまりました。」
「ところでさ、これ、風呂場に落ちてたよ？」
先生が持っているのは、偽の結婚指輪。
昨晩入る時に外すのを忘れていたのを、
お風呂で外して棚に置いたまま忘れていた。
きっと何かの拍子に落ちたのだろう。
「あ！すみません、ありがとうございます。」
「ほら、手、出して？」
右手の手のひらを上にして差し出すも、
「左手でしょ？」と当たり前のように突き返された。
澄んだ黒い瞳でじぃと見つめられ、
観念して左手を差し出すと
指輪は何の摩擦もなく薬指に通された。
「まじか…」
「え？」
「Aさん、これ、本物？」
真っ直ぐ見据えられて、心臓が跳ねる。
「本物、ですよ？
10キロくらい？…痩せたんです。」
私が嘘をついていることは、
きっともうバレているんだろうと察した。
なのに、咄嗟に口から出たのは直ぐにバレるような嘘。
どうして嘘を重ねたのかは、自分でもわからない。
「そっか…。失くさないようにね。」
スッと下に逸らされた目線はなぜか寂しげで儚くて、
透き通る白肌も相まって、
消えてしまうんじゃないかと思えた。
そんな風に自惚れてしまうのは、
昨日から名前で呼ばれるせいだろうな。
「じゃ、行ってくるわ。」
支度を終えてドアに向かう背中からは
昨日までの活気が消えて見えた。
「いやいや、昨日の疲れが出てるだけでしょ。
自惚れちゃだめだって。」
一人になった部屋で頭を振って、気持ちを切り替えた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 67人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ネロリ | 作成日時：2021年5月5日 18時
