＃９.酸っぱいのはレモンだけで ページ10
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“いつでもまた会えます”
あの日の別れ際、翔さんにそう言われたけれど、あれから連絡を取っていなかった。
あの日から二、三週間くらい経つ。
短いと言えば短いけど、長いと言えば長いような微妙なライン。
彼氏彼女じゃないのに、頻繁にご飯に行くのは少し躊躇ってしまう。
いくら友達だとしても、翔さんだって他の人との予定もあって忙しいだろうし。
だけど会いたいと思う。素直な気持ちは、ただ翔さんに会いたい。
それなら待っていないで自分から連絡すればいいじゃない、と思うけど、自分から連絡をするのは何となく躊躇う。何とも複雑な心境。
そんな気持ちを抱えたまま過ごしたある金曜日の夜。
残業にならず仕事が終わって、今日はどこにも寄らずに帰って、ゆっくり家で過ごそうと思っていた。
会社を出て最寄り駅まで歩き、改札を抜けホームで家路へと向かう電車を待つ。
暫くして来た電車に乗り込めば、帰宅ラッシュともあっていつもの如く満員電車。
ギュウギュウに詰まった電車内。
人の間を縫って空いていたつり革を掴んだと同時に電車は発進した。
すっかり暗くなった窓の外をぼーっと眺めながら、ふと思い出したあの日の出来事。
バランスを崩して翔さんの胸の中に飛び込んでしまったこと。
思いがけないアクシデントは不可抗力。
だけど翔さんの少し照れたように笑った顔が忘れられなかった。
あんな顔をするなんて、ずるい人。
誰にでもこういう態度するのかな、翔さんは。
出来れば私だけに、と思ってしまっている自分がいることに気付いた。
日ごとにどんどん欲張りになっていく気持ちについて行けない。
最初はただ、翔さんに心から笑って欲しかっただけだった。
涙を流せないまま、いつまでも報われない想いを持ち続けるのは辛いことだと思う。
“大切な友達と、好きだった人が幸せならそれでいい”
多分それは強がりだ。
翔さんは優しいから、自分のことよりも他人の気持ちを優先し、自分の欲に遠慮をして無理をしているように思える。
だから、私は翔さんに幸せになって欲しかった。
でも今じゃそれが、“私が翔さんを幸せにしたい”に変わっていた。
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作者名：妃紀
| 作成日時：2018年12月2日 19時
