蒼穹を探して 39 ページ9
.
この期に及んでまだ、夏油を拒絶しきれない。
「何で……」
今の夏油と昔の夏油を何度も比べてしまう。だって、私は。
「夏油のこと、すごい信頼してたし、大事に思ってた。大切だよ。ねえ、戻ってきてよ。きっと何とかなるから……お願い……」
この気持ちの吐露で、夏油を引き止められるならもう何でも良かった。話しながら瞼が熱くなり、視界が揺らめく。
瞬きをしたらあっという間に零れてしまうほどの涙が溜まっている事に気がつく。
間近で聞こえる呼吸音は、確かに私の言葉で一瞬乱れた。夏油は人殺しだ。私がいくら今彼を大切な仲間だと言っても、もう夏油とは一緒にいられない。
それでも、道は踏み外して欲しくない。
もう手遅れな事くらい分かっている。でもこれ以上、血塗れた手で全身を染め上げないで欲しい。
五条に夏油を＿＿こ
「大切だと言うなら、ついてきてくれないか」
「＿＿＿＿は」
ぶわっと汗が全身から噴き出した。
止められなかった。
その言葉でその事実が容易に分かった。
それでも、そう言われることを、私は確かに恐れていた。そんな気がする。
「一緒に行こう。
私の事が大切なんだろう？私たち、同じ気持ちだったんだね。すごく嬉しいよ」
違う。
そう、言いたくて、至近距離にある夏油の顔を必死に見上げた。飛び出しかけた言葉は喉を通りごくんと下へ落ちていく。
逆光になったその表情は見えにくいのに、濁った瞳が真っ黒く渦巻いている。呼吸が、止まる。
これだ。私の苦手な、夏油だ。
脳が激しく警鐘を鳴らし、耳鳴りが止まない。
違う、ちがうちがうちがう。
夏油と私の気持ちは違う。同じものなんかじゃない。全く別物だ。だって私は、自分の思想に大切な人を巻き込もうだなんて思わない。大切な人を痛めつけようとなんてしない。縛ったりなんかしない。
大切な人を、そんな瞳で、見ない。
呼吸の仕方を忘れたように、私はひゅうひゅうと喉がなるような浅い呼吸を繰り返す。
産まれたての子鹿にでもなったみたいに、バカみたいに足が震える。
どうしよう。どうすればいい。なんて、なんて言えば。
私は、前から、ずっと前から。こんな焦燥を抱えて生きている。時折脳をよぎる知っているようで知らない記憶も、それを駆り立てるひとつで。
私は、
「同じ気持ちなんかじゃ、ない」
どうしたってこんな恐怖に震えている。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 701人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
えりんぎのバター炒め(プロフ) - ゆうさん» 続きあります！亀さながらのゆっくり更新ではありますが、今後もお付き合いいただけたら幸いです🤗 (4月13日 17時) (
レス) id: 61116f8e5d (このIDを非表示/違反報告)
ゆう - 続きってないんですか？待ってます (3月20日 22時) (レス) @page12 id: f37b355590 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：えりんぎ | 作成日時：2024年1月28日 17時
