できない。 (ページ5)

今日:9 hit、昨日:1 hit、合計:20,716 hit

. ページ5

最大のピンチを迎えてしまった、と思う。
変に勘の鋭い紫耀は会話だけで気づかないわけがない。

そう危機感を感じつつも、カゴを持ちながらスーパーで夕飯のための食材をうろうろと探し回る。
今夜、会う約束をしなかったことが吉と出るか凶と出るか…。

「あ、ビーツ」
ついでに探していたものを見つけてスマホを取り出して電話をかける。

「はーい」

「あ、岸くん。駅の反対側のスーパーでビーツあったよ。
どうする？今から来る？」

「マジか！
…あー、ごめん今から廉と飲み。
俺覚えてないんだけど約束してたらしくて…」

永瀬…。
ごめん、岸くん。

「そ、そっか。なら住所送っとくから」

「おう、サンキュ」

「じゃあね」

ほんと、愛されてるな。
ぼんやりとそんなことを考えながら白菜の前に着いた。
大根、ネギ、お肉が入ったカゴを見る。
これは…

「…鍋？」

「えっ」

横から聞こえて、心の声が漏れたかなと驚く。
でもこの声、

「岸くんとするつもりなら俺も混ぜてよ」

嘘。

「紫耀、何で…」

「あー、でも邪魔になっちゃうか」

会社帰りの格好のまま、いつのまにか隣に並んでいた。

「…岸くんとじゃなくて1人で、いや、そうじゃなくて、えっと…」

食材の入ったかごがあるのに、今さら料理できません設定を思い出して口ごもってしまう。

「ふーん。なら俺ん家で作れば？」

「いや、でも」

「最後かもしれないし」

ボソッと言われた言葉にドキッとした。
その先を考えたくないと脳が拒否する。

「ほら」

促されて、仕方なく2人分の量をカゴに入れて足りないものも買い足していく。
その後ろを紫耀は何を言うわけでもなく静かについて来る。

怒ってる？呆れてる？
紫耀の気持ちが全くわからなかった。

「ありがとう」

先に助手席に行くように言われて、荷物を後ろに置いて戻ってきた紫耀にお礼も言っても反応は無い。
レジでお金を払ってくれた時も詰め終わった袋を自然に持ってくれた時もまるで聞こえてないかのようにスルーされた。

横目で見た表情ももちろん穏やかなものではない。

やっぱり怒ってるんだ。