心得31つ目《霊のこと》 ページ37
小泉幹部が医務室に運ばれたという報告を聞いて部下を下げさせた。最後の一言がわたしの頭の中で渦巻く。
《好きになって欲しかった》
聞き覚えがあるというものではない。ものの一週間前に、その言葉を言った女性を殺したのだから。
何度か体を重ねた関係だった。彼女がわたしに好意を抱いていることも夢見がちであることもわかっていた。任務で殺すことを厭わなかったのは、わたしの中に彼女に対しての印象も記憶もなかったからだろう。その時彼女が最後に言った。
「貴方に、好きになって欲しかった」
もともと裏社会から手を引こうとしていた彼女は、わたしに尽くすような人でもあった。わたしはそれを鬱陶しく思っていたし、度が過ぎていた時もあった。ほんの三ヶ月の関係性だった。
それでも、彼女はわたしを好きだった。
わたしは彼女に、何の印象も持っていなかった。
「わたしの、せいか……」
ふと呟いてあてもなく歩き始めた。
廃墟についてまた紐を持った。それでも死ぬ気が起きなくて、川に向かって、外套を脱いだけれど、それでもまだ……。
やがて帰り道の横断歩道に差し掛かった。
近くにはあの時の女性が死んだアパートがある。
もうポートマフィアの所有地だが、誰も立ち寄らないような暗い雰囲気を醸し出していた。
「おいで」
「……?」
「おいで、おいで、貴方はこっち」
知らない声がした。子供のように高い声だ。
しかし男のように低くもあり女のように柔らかくもある。誰の声かはわからなかったが、その安心できるような声に自然と向かっていた。
「私に触れて……貴方はこっち。
貴方の世界、貴方の居場所、貴方の理由、貴方の意義……貴方はこっち。あなたはこっち」
委ねられるその声と手招きするような手。その手はいつしかの思い出の母のよう。胎児であった頃のような暖かい手。その手に触れると、その冷たさにゾッとした。暖かさは何処へ。胎児の優しさはどこへ。泣いていたあの頃よ、あの人は何処へ。
「おいで、おいで、こっちに、おいデ?」
途端に体が固まった。金縛りのように体の自由が一切聞かない。耳元で囁かれる声はあの女性の声に似ている。
「あなたはこっち、あなたはこっち……私と同じ可哀想な人……」
駄目だと思った時には遅かった。
触れてしまったが最後、戻れない。
引かれる手に進み出る足。左側からまばゆい光が飛び込んできた。
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しぇるふぃあ。 - すみません、「聖バレンタイン日」が「生バレンタイン日」になってます…!小泉幹部すごく好みです、更新応援してます!! (2018年3月21日 12時) (レス) id: 2fca820d76 (このIDを非表示/違反報告)
ちゃら - 面白いです!頑張って下さい! (2018年3月11日 12時) (レス) id: b7f29ff674 (このIDを非表示/違反報告)
NamE.薆(プロフ) - かれんさん» 今回の話の題名では、夢主さんが最年長幹部なのでそれをそのまま題名にさせてもらっています!太宰さんは確かに最年少幹部ですけどね! (2018年2月23日 22時) (レス) id: 71af860354 (このIDを非表示/違反報告)
かれん(プロフ) - 下のコメントに「最年長幹部では?」とありますが、正しくは「最年少幹部」なのでは?細かいところすみません、お話、最高に面白かったです! (2018年2月23日 21時) (レス) id: bd11a80ca1 (このIDを非表示/違反報告)
hi - 凄く楽しかったですこれからも更新頑張ってください (2018年2月8日 17時) (レス) id: 8a1cd5ab5f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:NamE.薆 | 作成日時:2018年1月27日 19時