嘘八十と五つ ページ35
手が震えていた。
「香奈美、俺を笑うか？」
「いえ、誰でもそうなるわ。
強がらないだけ、あなたは立派よ」
来栖はノンアルコールカクテルを持ってきたマスターに追加のウィスキーを依頼した。
香奈美はマスターが酒を持ってくるまで、口を開かなかった。
それが、来栖にとって嬉しかった。
「会社を良くしたかった。
親父を止めたかった。
それだけなのに、どうしてこうなってしまったんだろうな・・・」
「あなたは正しいわ」
香奈美が即座に断言する。
来栖は胸に勇気が湧いてくるのを感じた。
香奈美はパーティーで出会った女だった。
パーティーと言っても、社長の息子たちの集まりで行った合コンのようなものだ。
そこに香奈美はいた。
香奈美と隣になったくは、最初何も期待していなかった。
こういうパーティーには飽き飽きしていたし、相手が綺麗だからと言って興奮するような時期は過ぎていた。
だが香奈美は他の女とは違っていた。
会話を弾ませる術を持っていた。
不思議と悩みを話せる空気を持っていた。
いつしか来栖は父親との確執まで喋っていた。
幼い頃から厳しかった父。
成績が悪ければ容赦なく叱り、外面を気にして小さなことにまで口を出された。
そのくせ自分は好き勝手に生きていて、外に女を作り、部下には怒鳴ってばかりいた。
そんな父親が来栖は大嫌いだった。
母親が家を出たのは父親の性格のせいだと子供の頃からはっきりと理解していた。
そんな鬱屈した感情が大人になってから爆発し、現在に至っていた。
「なぁ、俺はこれからどうすればいいと思う？」
来栖は元々、誰かを当てにする性格ではなかった。
だが今、来栖は生まれて初めて、誰かにすがりたいと思った。
そしてそんな望みを託せるのは、親友の香奈美だけだった。
「来栖さん、あなたは分かっているんじゃない？」
「・・・何をだ？」
「答えは自分自身の中にあるって」
「・・・・・・」
来栖は二の句が継げなかった。
香奈美は全てを見透かしている。
下手なことを口にしても自分を貶める結果にしかならないことは明らかだった。
「あなたは弱気になってるだけ。
違う？」
「ああ、そうだ。
その通りだ」
来栖はウィスキーに口をつけた。
喉に焼けるような感触が広がり、頬をほてらせる。
しかし震える手を止めることはできなかった。
香奈美は微笑んだ。
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作者名：アオ x他1人 | 作成日時：2018年3月6日 23時
