嘘六十と八つ ページ18
太宰は電車に揺られていた。
背後では女子高生が太宰を見てキャーキャー騒いでいる。
しかしそれらは太宰の耳に届いていなかった。
「杏・・・」
太宰はぼんやりと窓の外を見ながら、口の中で呟いた。
『だから・・・ね、もう一度囁いて。
その優しい嘘を』
篠原 杏珠。
自分の嘘を優しい嘘と肯定した、たった一人の者。
その言葉は心の奥底に深く刻まれている。
太宰は自嘲した。
もう終わったことだ。
なのに今更思い出すなんて柄じゃない。
思考を変えようとして思い浮かんだのは、真依のことだった。
『そそ、そういう問題ではありませぬ！
あ、ありませね、じゃなくて、ありません！』
あまりにどんくさくて、田舎者で。
杏とはまるっきり逆で笑えてしまう。
太宰は思い出し笑いをしそうになり、慌てて口元を押さえた。
真依が三杯目のジュースを頼もうとしていたところ、太宰がバーに姿を現した。
「待たせたね。
マスター、色々ありがとう」
「えっ！？」
太宰の格好を見て、真依は驚きを隠せなかった。
しっかりとネクタイを締め、シャツをズボンの中に入れ、上着を羽織っている。
髪は七三に分けており、真面目さが前面に打ち出されていた。
つまり、いつもと違う。
これが『作戦』の一環であることを真依は知っていた。
だから違う格好をしてくることは分かっていたけれども、普段の印象との違いに戸惑ってしまう。
「ほら、ぼさっとしてないで行くよ」
それだけ言って、太宰はさっさとバーを出て行く。
真依は慌てて後を追った。
店を出て電車に乗る。
目的地近くの駅に到着したのは二十時半を過ぎた頃だった。
「市野江 慈恵は早くても二十一時以降に退社する。
まだ少し時間があるな」
国木田がそう言うと、太宰はお手洗いに行くと言い、国木田も行くことになった。
戻ってくるまで真依は周辺を少し歩くことにした。
駅の正面出口を出て左に曲がると、新国立劇場とビルの間に巨大なスペースがある。
見上げれば天井は高く、四階ぐらいの位置にある。
真依はここが見たかった。
都内の中央部にあるこの壮大な構造物を見ると、自分がドラマの住人になった気がするのだ。
太宰の過去が脳裏に焼き付いている。
横暴で、嘘つきで、なのに無邪気なところがあって・・・。
まだ太宰がどんな人間か分からないでいる。
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作者名：アオ x他1人 | 作成日時：2018年3月6日 23時
