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#5
遡ること4時間前。
試合終了から時間も経ち、徐々に人も少なくなった札幌ドーム。
お疲れ様ですってかける声も不思議と高揚気味。
その時の私はルンルンだった。
・
『A、』
呼び止められたその声は愛おしい人ので。
でも、ニヤニヤしていたらなんだか気持ちが悪いような気がして。
なるべく平静を装ったものだった。
『仕事終わるまで待っとるから』
『え?』
『飯、いこ』
それだけ言い残して卓はスタスタと通り過ぎて言った。
(.....私も車なんだけど)
小さくなる背中を見つめて、呟いたところで。
楽しみな気持ちは隠せないのだ。
・
そんなデートの約束を取り付けた私は当然浮かれていた。
早く仕事を終わらせちゃおうって気合いを入れて。
人気の少ない廊下を歩いていた時。曲がり角の奥からとある男女の声が聞こえた。
今思えば、あの時普通に二人のもとへ歩いて行けば良かったのだが。
何を思ったのか私は立ち聞きという行為をしてしまっていた。
(.......この声って、卓?)
耳に入ったのは馴染みのある、私の好きな彼の声。
確証とやらを持ちたくて、ちらっと覗き見。
(やっぱり.....あと、あの人は...)
卓の向かい側に立っていたのは、
そうだ.....記者の方。
たまに選手にも取材をしていて、美人って凄く評判だったような。
(でも.....なんで卓と)
二人の声は聞こえても、細かい内容までは聞き取れない。
(取材.....とか?いや、でもこんな場所で?)
胸のあたりが無駄にうるさい。
考えたくもない推測が脳内をちらついている。
そんな推測が現実になるまで、
あと三秒前。
「中島さんっ、好きです!」
卓に抱きついたのは私の知らない人。
ほら、ひびが入った。
*
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作者名:ななせ | 作成日時:2017年10月5日 21時