▽ ページ22
・
どうやって選手村まで戻って来たのか、正直よく覚えていない。メディアの対応はちゃんとできたかな。愛嬌を忘れずに、笑顔で。
4年前──ロシア・ソチオリンピックに出場したロシア人選手は、カメラを向ける多数の記者に向かって「メディアが邪魔」と言ったらしい。
私にも、そうやって言える勇気があれば良いのに。
そんなことを言ったら批判されるのは分かっているけど、そう願ってしまうくらい大きなプレッシャーになっていた。
ベッドで膝を抱えていると、同室のオンニが帰ってきた。私の姿を見ると、「落ち込んでないでご飯行くよ」と半ば強制的に食堂へ連れて行かれる。
お腹なんて空かないと思っていたのに、ご飯を見た途端にお腹の虫が鳴いた。目の前にいるオンニにも聞こえたみたいで、少し恥ずかしい。
「オリンピックには魔物が潜んでるって言うでしょ？」
「そう、ですね」
「だから気にしすぎないの。明後日のフリーがまだあるんだから」
オンニだって、初めての大舞台で緊張しているはずなのに。
歳下のわたしを気遣ってくれる優しいオンニに、ありがとうございますと言えばお互い様でしょと笑う彼女。そういうところが、誰からも好かれる理由なのだろう。
オンニとの食事の後、ひとりの時間が欲しくなって選手村の中を歩く。
誰もいないベンチに座り、スマホを見ると友人たちからたくさんのメッセージがきていた。
セアオンニからは「明後日見に行くね」というメッセージと可愛い猫のスタンプが送られてきていて、思わず笑みがこぼれる。
カトクを交換したミサモのオンニたちからもそれぞれ連絡がきていて、すごく温かい気持ちになった。
ひと通り返信をしてぼーっと空を見上げると、三日月が見えて思わず目を逸らす。左腕にしたブレスレットが目に入り、その石の名前を思い出した。
ムーンストーンって言ってたなぁ。
ブレスレットの贈り主──ミノオッパの顔が浮かんで、カトクを開く。
電話をしたいけど、オッパは宿舎だし、もしかしたら今頃も練習中かもしれないし……。いつもそう。臆病なわたしが邪魔をする。
迷っていると、パッとスマホが通話画面に切り替わった。
表示された名前は────ミノオッパだ。
ああ、なんで────。
こちらのことを見透かしているみたいにタイミング良くかかってきた電話。震える手で通話をタップすると、「もしもし」と優しいオッパの声がした。
・
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 381人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：こはる | 作成日時：2024年2月11日 22時
