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「ほんとにいたんだけどなぁ……」
４限のチャイムが鼓膜に届く。後ろの席で項垂れるあんずに、やれやれと嘆息しながら俺も乗っかった。
「朝からずっとだな、あんず」
「う〜ん……」
「なになにー、何の話ー！？」
そこに、テンション高め(明星のみ)のアホコンビが突撃してくる。
「今朝の続きだ」
「あんずが夜の海で見たっていう？」
「あぁ」
「そのことなんだけど、別の科でも噂になってるみたいだよ」
「そうなのウッキ〜？」
「うん。ほら、これとか……」
差し出された携帯の画面を見ようと思い立った、と同時にＡ組の前廊下には人が集まりはじめていた。
「誰か来たの？」
「来ただけであんなに人が集まるか？」
「別の学年の人とかじゃない？」
全員の視線が廊下側に向く。すると、集まっていた生徒たちが道を譲るように避けていく。そこを、堂々たるたたずまいで通り俺たちに近寄ってくる＿＿女子生徒。
＿＿俺は、その姿に見覚えがあった。
「見つけた」
川のせせらぎのような清純さが裏付けされた、すずやかな声。幻想的でありながら、掴みきれない雲のような奔放さを漂わせながら、彼女はただ静かに、自然と＿＿
「定型文で悪いが。はじめまして、会えて嬉しく思います」
＿＿＿＿あんずを、抱き締めた。
「漸く会えた、私の天使」
見たことがない、柔らかな表情だった。
恋人に向けるような、宝物を愛でるような目で、心底安心したように息を吐く。名画のように彩られたその光景に、誰一人として動く事はできなかった。
ピシリと固まり、すでにキャパオーバーなあんずはカオ○シのように「あ、あ、」とだけ繰りかえしていた。
「教師から、話はすでに済ませてあると聞きました」
束の間の四顧もなく、彼女は話を続ける。
「今日は君の顔を見にきたのですが、……そうだな」
抱き締めていた手を解き、明星、遊木と順繰りに見つめ、最後に俺を一瞥するがその真意が読めない。聞きたいことは山ほどあった……そのはずだが……。
「男所帯では何かと不便でしょう。悩み事があれば一番に私の所に来なさい」
「ﾊﾋｯ」
空恐ろしい表情で脳漿を覆われ、思考が停止する。
「それでは、また後ほど」
蠱惑的な笑みを浮かべて彼女は去っていく。俺たちは、それをただ呆然と見つめることしかできなかった。
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作者名：花厳 | 作成日時：2023年5月12日 16時
