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(T side)
「ふっかさん、飲み行こや」
「…俺とこーじが？」
「え、嫌やった？」
「んや、全然いいけど」
彼女が早退した今日、勤務終わりに康二に引き止められた。
一応、俺、康二が振られてたトコ聞いちゃってんだけど。
本人が気にしてないならいいか、と
軽く誘われた呑みに付き合うことにした。
「んで、ふっかさん」
ハイボールのジョッキを片手に、既に顔を赤くした康二が話し出す。
「もっかい聞くで？どー思っとんのAの事は」
前は適当に流せたけど、今は正直痛い質問。
「…どうって前と同じだけど」
「嘘やな、じゃないとわざわざ盗み聞きせんやろ」
図星だ。さっさとあの場から去ればよかったのに出来なかったのは…心のどこかで、彼女が康二の所に行くんじゃないかと思ったから。
「あんなぁ、ふっかさん最低やで」
「まぁ、それはわかってるけど」
「好きにならん、恋人は要らん！だけどアイツが自分から離れるのは嫌。あってるやろ？」
黙って頷くと、馬鹿みたいにデカいため息をついた。…俺、一応康二の先輩だよね？
「向き合ってくれたんやから、向き合うのが礼儀じゃないんか」
「…怖いんだよ、もう」
「怖い？」
「康二はさ。死ぬほど好きになった人に裏切られた事ある？」
さっきまでの勢いはどこにいったのか、黙り込んだ康二。その様子を見つつ、話を続けた。
「俺ね、前の会社で付き合ってた彼女がいたの。めっちゃ好きで、一生この人といるんだろうなって確信してた。なのにさぁ、社内で別の男と浮気して、子ども作って。しかも俺がそれ知ったのが、朝礼での2人の挨拶。子供が出来ました、結婚します〜って嬉しそーに言ってたの。あは、やばくね？」
自分の事なのに他人事のように笑いながら話す。もう悲しいとも思わない。なのにあの日の出来事は、あの恋愛は、重りのように俺の足に付けられたままで動けない。
「Aちゃんさ、有り得ないくらい良い子じゃん。たまに意地張るし、嘘つけないし、抜けてるとこもあるけど。出会った時から、ずっといい子なの。だから、余計壊したくない。もう色んな人を傷つけた俺なんか…好きになったらダメなんだって。」
「ふっかさん…」
ここまで言えば正直分かる。あの子を特別に思ってる。離したくない、閉じ込めていたい。
俺の事を好きだと言った彼女の事を抱きしめて、キスして、自分だけの物にしたいと思った。でも、無理なんだよ。
「…なんやねんそれ」
少し間が空いたあと、康二の声が静かに響いた。
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作者名：蒼 | 作成日時：2024年3月16日 3時
