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(T side)
家に帰り、ジャケットを脱がないまま
ソファに深く腰かけた。
「…こーじ、怒ってたなぁ」
あれから、恋愛には臆病になった。
信じられない。裏切られるのが怖いから。
だったら上辺だけでいい。適当に愛されて、満たして
お互い満足できるならそれで良かった。
''あんまり、無理すんなよ''
照がいつも、俺を見て言う言葉。
いつまでも過去の思い出に縛られているのは俺だけだ。
怖がって、誰かを好きになる事を恐れている。
___ハンカチを貸してくれたあの子は、どこにいるんだろう。
タンスの1番上の段。滅多に開かないそこをじっと見つめた。
あの日、俺が倒れた日。
その後目を覚ましたのは会社の救護室だった。
運んでくれたのは照だったらしく
持ち主を知らないか、 と尋ねても
騒がしい所にたまたま駆けつけたらお前が倒れてただけで
持ち主も、人を呼んでいた女子社員も知らない。
その一点張りだった。
「…誰なんだろーなぁ」
返したいのに、返せないままのハンカチ。
この会社にいる、もしくはいた人物というだけで
この布1枚しか手がかりはない。あの時の石鹸の香りは
記憶もハンカチについていたものも
もうとっくに薄れてわからなくなっていた。
顔も、姿も、見れていない。知らない。
でもあの子に___無性に会いたいと願い続けている。
何故かは分からない。
それが恋なのか、はたまた感謝からくる気持ちなのか
だが、あの優しい香りに包まれた時
心から安心できたのは確かだった。
…香りと言えば、あの子と初めてすれ違った時。
キスをした時、手を繋いだ時、髪を撫でた時、抱きしめた時。
どこか懐かしい、石けんの香りがしていた。
「もう、仲直りしてる頃かな」
今更、無垢な彼女に酷い提案をしたものだと思った。
仮の彼氏とか、経験値UPをめざしましょうとか。
ムキになって、無茶な提案に乗った彼女の顔。
あからさまに仕返ししてやるって顔で
生意気さが可愛いと思った。
初デートで泣きじゃくる彼女は
仕事中のクールな姿ではなくて
着飾らないありのままの素顔が、素敵だと思った。
静かに涙を流した彼女を見た時
…心のどこかで、守りたいと思った。
「いやいやいや……無いでしょ」
誰かを愛して裏切られるのは、もうごめんだ。
言い聞かせるように頬を1度叩くと
連絡帳から''花村 結''をタップした。
居酒屋で2人に鉢合わせた時、一緒に飲んでいた受付嬢だ。
OKの返事は早かった。着替えた後、
再び夜の街に繰り出した。
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作者名:蒼 | 作成日時:2024年2月26日 2時