Toxic Boy . (ページ23)

今日:5 hit、昨日:168 hit、合計:88,885 hit

21 ページ23

数年前、この会社に入ったばかりの頃だったか。

あの日は酷く、頭が痛かった事を覚えている。
首や背中を伝う冷や汗、吐き気。

昔は体調を崩すことは滅多に無かったのだが、
以前の職場の環境が悪く心を病んだのをキッカケに
退職届を出し、すぐに転職を決めた。

務め始めて数週間、環境には慣れてきたが
未だにフラッシュバックする最悪のシーン。

大好きな人が、信頼していた同期と浮気した挙句
子どもを身篭った。それを知ったのは
社内で2人が結婚発表した時。

高校生の頃から数年に渡って付き合っていた。
心から、大好きな人だった。

連絡先は退職した日に消した。家の物は全て処分した。
彼女と過ごした空間を、忘れたかったから。

財布と携帯だけを持って、無計画のまま引っ越した。

昔からの知り合いもいたのでこの会社の事は聞いていたし
面接でも己のキャリアを認められ、すぐに再就職した。

「無理すんなよ」

入社したその日、友人＿＿岩本照に告げられた。
いつもは険しい顔をしているくせに、
珍しく眉を下げて泣きそうな顔をしていた。
彼は高校の後輩だが、部活動を通して仲良くなり
それからも関係は続いていた。
故に、彼女のことも知っていたし、
事情を話した時は、自分の事のように胸を痛めてくれた。

……あ、ダメだこれ。

壁伝いに必死に歩いたものの
気付いた時には誰もいない廊下にズルズルと崩れ落ちる身体。

この階には資料を管理する部屋がいくつかあるだけで
滅多に人は通らない。段々と視界はかすみ、音は遠のく。

そんな時に、聞こえてきた声。

『…っあの！大丈夫ですか！』
「…ごめ、ウッ、気持ち悪い」
『すごい汗…とりあえず、は、ハンカチ…あとは、えっと』

目の前にしゃが込み、ハンカチを差し出す人。
高いが聞き心地のいい声。
顔を見ることは出来ないが、知らない女の子だ。
優しい石けんの香りはハンカチから香る物なのか、
彼女の物なのか。

これで、押えててください！！

口元にそのハンカチが添えられて、
人を呼んできます！！と走り出した。

…誰かに電話でもかければいいのに。

きっと必死で、そんな考えもないんだろうな。

体感的に長く感じたが、
恐らく5分ほどそうしていただろう。

バタバタと数人が駆け寄る足音が聞こえて、
その日、そこで意識が途絶えた。

━━━━━━━━━━━━━

「…ハンカチ、返さないとなあ」

棚の奥にしまった花柄の白いハンカチを見て
そんな事を思い出していた。