《１０６》 ページ10
「テメェ…」
「っ、！？わ、私は…っ！」
女が兄の胸へ飛び込もうとしたのも束の間、兄はその女に体を指一本触れさせることなく綺麗に躱していた。
避けられると思っていなかったであろう女はその場によろめき倒れる。
見下ろす兄が自身を冷徹な目で見ているのに気づくや否や、女は発するはずだった言葉を詰まらせ怯えた顔を浮かべていた。
「何の用だっつってんだろぉ。言葉が通じねぇのかぁ？」
不意に抱きつかれそうになった故に女を敵と見做しているのか、兄の声音は暗殺者そのものだ。
特に殺す素振りは今のところ見えないが、いつそうなってもおかしくない。
一般人に私達の存在がバレたら面倒で、自らが女と関わりに行きたくはないが面倒ごとを避けるためと、私は仕方なく2人の間に割って入った。
「ちょっとお兄ちゃん、落ち着いてよ。ここで暴れちゃダメなのはわかってるでしょ？」
「これが落ち着いてられっかぁ！理由も用件も言わねぇんだぞぉ！？」
「…わ、たくしは…ッ！スクアーロ様に…お気持ちをお伝えしたく…」
は？なんて言って拍子抜けしたような兄。
普段は勘が鋭いくせして、こういう時はいつだって鈍感だから嫌なものだ。
先程までの冷たい空気はどこに行ってしまったのか、気づけば部屋の空気は女の纏うピンク色に染まっていた。
つまりこの女は兄に告白をしたいのだろう。
勢いをつけて兄に触れてやろうと、あわよくば事故でも装いその唇と交わることで既成事実でも作ってやろうと思ったということなのか。
女の目線や動きで手に取るように考えていることがわかれば、私の中は嫌悪で溢れていた。
「なの、で…スクアーロ様と2人にしていただけませんか…？」
その言葉に大きく脈打つ鼓動。
嫌だ。何故こんな女と兄を2人きりにしなきゃならない？
偶然とはいえ私以外の女が兄の部屋へ入ってきたこの現状すらも不快でしかないのに、この部屋を私が出て2人だけにしろと言うのか。
嫉妬にもなりうる黒い感情が腹の奥底から湧いてくれば、私は静かに首を振って兄の腕にしがみついた。
「大丈夫だから待っとけぇ、ほら」
「……やだもん…」
促される扉の外を拒み、私は抱きつく腕に力を込める。
唯一の人である兄の幸せを願えないなんて、そんなの嫌だと。
そう思い蓋をした筈の気持ちは私の中でこんなにも大きく、こんなにも醜くなっていたなんて気づかなかった。
私以外の人の為に何かをするなんて、そんなことあって欲しくない。
私だけを見ててくれればいいのに。
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作者名：まいたけ | 作成日時：2023年8月3日 14時
