《１１７》 ページ21
素直に、こんなこと聞かなければ良かったと思った。
そうすれば兄の笑顔も、その温もりも、優しさだって全てが私だけに向けられているものだと思えていたというのに。
兄に恋するなんてそもそもおかしいということはわかっている上で、叶わないと思いながらもどこか期待をしていた自分もいた。
それは最近、兄の私を見る目が不意に妹としてではない違う何かを抱いているように思えたからこそのことでもあった。
もしかして兄も同じ気持ちでいてくれるのではないかと、そんな生ぬるい考えでいた自分が恥ずかしい。
「そう、なんだね！ふふっ…お兄ちゃんに好かれるなんて、よっぽどの人なんだろうなぁ」
なんて、ただの妹を偽りながら言葉を返したものの、兄は何も答えなかった。
顔を上げて兄を見れば、どこか遠くを見て目を細めている。
その切なげな表情を一目見て、意中の女性のことを考えているんだといるんだとわかった。
「ねぇねぇ、どんな人？」 「歳は？」 「どんなとこが好きなの？」
こんなこと聞きたくないのに、知りたくないのに、なぜか口は勝手に問いかける。
妹に自分の恋愛事情を話すのが気まずいのか照れ臭いのか、兄は少し躊躇いがちにその女性のことを教えてくれた。
そのぎこちない笑みに、私は何度も耳を塞ぎたくなる。
「…歳は、少し下だなぁ。礼儀正しいのに喜怒哀楽が激しくて、大人びてるくせして生意気なクソガキで、素直じゃねぇし強がりなくせによく泣いてる奴なんだが…、
—————そいつの笑顔に、俺はいつだって励まされて来てんだぁ」
唯一無二の女。そう言ってはにかむ兄の顔は、今まで見たことのない笑みだった。
こんな風に笑うなんて知らなかった。
その女性はいつも、こんな兄の姿を近くで見ていたのだろうか。
妬みで渦巻く汚い感情が自分の中を駆け巡っている感覚に、思わず吐き気すら感じる程だ。
それでも知られてはいけないこの感情に、私は必死で笑顔を繕った。
「へへっ惚気られちゃった。教えてくれてありがとう！」
「……あぁ」
ぽんぽんと撫でられる頭。いつもなら嬉しさでいっぱいなのに今日は胸が切ない。
締め上げられるその痛みの理由がわかっているからこそ痛いなんて叫ぶことは出来なかった。
兄はなんて残酷なんだろう。
そんな私に更に追い打ちをかけるようにして伝えられた出来事に、私は大きく肩を落とした。
「そういやぁ跳ね馬のとこの使用人だがなぁ、まだ暫くは帰すのが難しいらしいぞぉ」
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作者名：まいたけ | 作成日時：2023年8月3日 14時
