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｢Aちゃん、見ときんしゃい｣
におーくんの唇が確かにそう動いた。
におーくんが白線の上に立つ。
どうやら第1走者らしかった。
合図と共に、におーくんは走り出す。
彼の動きに合わせて、銀色の尻尾が揺れた。
何も聞こえなくて、私には走る彼がスローモーションに見えた。
ずっと自分自身が何なのか分からなくて泣いていた彼はもういなかった。
ただひたむきに走るにおーくんは私が知ってるにおーくんじゃなかった。別人みたいだった。
あれは皆の前で仮面を被ったにおーくんじゃなくて、におーくん自身なのだと私は悟った。
誰かの期待に応えたいってその一心で走るにおーくんはもう私の前で弱さを見せる彼じゃなくて、私の知らない強いにおーくんだった。
ああ。
｢っ…｣
なんで涙が出るのか私には分からなかった。
｢A？｣
隣にいた寿三郎さんが心配そうに私の顔を覗き込む。
｢なんで泣いてんの｣
どうしてだろう、私にも分からない。
何も言えない私の頭を寿三郎さんは優しく撫でた。
寿三郎さんの匂いがした。安心出来る匂いだった。
でも私の大好きな匂いじゃなかった。
におーくんが握ったバトンは2走者目の先輩へと渡される。
走り終えて肩で息をするにおーくん。
その周りに集まるテニス部の人達。
におーくんはもうひとりぼっちじゃないな。
私とにおーくんのこの名前もない関係ももう終わってしまうのかもしれない。
と、思ってしまった。
もう私に弱音を吐かなくたって、彼にはああやって受け止めてくれる人がいる。
それはここにいる寿三郎さんだって同じだろう。
部活対抗リレーは当たり前にテニス部が優勝だった。
リレー走者を真ん中にして集まるテニス部の部員たち。
｢ちょっと俺も行ってくるわな〜｣
ちゃんと寝ときや。
最後にそう釘を刺すと、寿三郎さんは保健室から出て行った。
寿三郎さんを見送った後、そこで漸く私も頭の痛さを思い出して、ベッドにごろりと転がった。
壁掛け時計の秒針の音だけが響く。
柔らかな日差しの中で、私の意識は浮かんだり沈んだりを繰り返していた。
｢Aちゃん｣
扉の開く音も、人の気配も感じなかったのに、名前を呼ばれて目を開ければ、そこにはにおーくんがいた。
｢どうしたの？｣
まだ少し眠い様な気がした。
微睡みの中で笑えば、大好きな匂いがした。
左手がギュッと温かくなった。
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吹雪彩香 - 初めまして作品見ました。続きの更新頑張ってください^ - ^ (2020年3月16日 9時) (
レス) id: 9f5e24e49c (このIDを非表示/違反報告)
凛樹(プロフ) - スタルさん» コメントありがとうございます。気に入って頂けて良かったです！更新は気長にお待ちください〜！ (2020年3月13日 21時) (レス) id: 1df7087ebd (このIDを非表示/違反報告)
スタル(プロフ) - はじめまして！今日初めてこの作品を見つけました。一話一話の内容が濃くて、とても面白くて、どストライクな小説です。更新楽しみにしてます！ (2020年3月13日 2時) (レス) id: 9151c972bb (このIDを非表示/違反報告)
凛樹(プロフ) - ユイさん» 初めまして！コメントありがとうございます。2人は救われるのか、じゃあ救われる結末って一体何なのか、って考えながら読んで下さると嬉しいです。更新頑張ります！ (2020年2月25日 1時) (レス) id: 1df7087ebd (このIDを非表示/違反報告)
ユイ(プロフ) - はじめまして。いつも楽しみに読ませていただいてます。ふわりとした停滞した雰囲気の中着実に進んでいるような感じがとても素敵です。……これは聞いていいのでしょうか。2人は救われるんですかね？更新がんばってください。素敵な作品をありがとうございます。 (2020年2月24日 23時) (レス) id: bc4674a53d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：凛樹 | 作成日時：2019年10月15日 2時
